クトゥルー 魔界監視局
天狗・第2回
てんぐ
「テングサライ 天狗攫い」といわれる怪異の事を記そう。
天狗にさらわれた事件
その一
実際に天狗にさらわれたという話をあげる事にしよう。
寛政9年(1797)。
江戸の麹町(こうじまち)に日下部権左衛門という、旗本の屋敷があった。
ある蒸し暑い夏の夜更け・・・。
権左衛門の家来の一人が部屋で休んでいると、いきなり、激しく、戸が叩かれ、
割れるような大声がその家来の男の名前を呼びはじめた。
男は仰天し、聞き覚えのない、その声に向かってこう言った。
「こんな時刻になんですか。あなたはいったい誰なのですか?」
だが、その問いかけを無視するように、戸を叩く音と、大声がひたすら続いた。
男は音が止むのを待ったが、止まったと思わせ、また続いたりと、
男は、狂いそうになった。
突然、ただならぬ空気と気配を感じ、そっと見ると、
長い髪を垂らし、鋭い眼光を放つ、山伏が立っていた。
男は、我を失い、脇差しで、山伏に斬りかかった。
山伏は消え、翌朝仲間にこの事を話すと、
いい笑い者にされた。
だが、その日の夕方、座敷きの戸を閉めに行ったのを最後に、その男の行方が消えた。
いくら捜しても見つからなかった。
数日後、その男本人から、書状が届いた。
彼の記すところによれば、
あの、山伏との遭遇の翌日、
座敷の戸を閉め、机の算盤に向かった。
そこまでは覚えているが、あとは、気付いたら、深い山の中にいたという。
全く何も分からないで、呆然としているところを地元の人に発見され、ここは、相洲鎌倉で、
土地の人たちの世話で国元に送られたのだという。
なんとも、不思議な出来事だが、とにかく今は、御奉公できる状態ではないので、
しばらく暇を頂きたい、とのことだった。
こうして、仲間たちは、確かに天狗の仕業かもしれないと、恐れたという。
男が、ただ暇が欲しく狂言を吐き、失踪したにしても、
手が込んでいる。
その二
寛政7年のことである。
この時起こった天狗の人さらいとは、どんなものだったのか。
2月21日の早朝の事、
19歳になる、若侍が門を出たところでいなくなった。
手分けして、捜させたが、見つからず、実家にも戻ってはいなかった。ところが3日後の朝、
その若侍がまるで今出ていいったかの様子で・・・・
門前に立っていた。
若侍は夢うつつで、正気になった後、こう説明した。
「朝早く門を出たら、空を歩いている事に気付きました。
でも、全く、怖くもなく、驚きもしませんでした。
それどころか何となく楽しい気分になり、横になっていたように思えます。
決して、酒は飲んでいません。
心地よい、晴れやかな気分でした。
しばらくすると、どこからともなく声が聞こえてきて、
下を見よ、といいます。
ここは名古屋のご城下だとのこと、
こんな短い間にずいぶん遠く迄来たものだな、
と、思いましたが、特に気にはなりませんでした。
それから、しばらくすると、
駿河の国にいました。
富士の山の上についていて、
そこにしばらくおりました。
頂きの上は雪に覆われており、
人陰も見えません。
寒いはずなのですが、寒くもなく、風もありませんでした。
そこから駿府のご城下を眺めているうちに、急に母の事を思いました。
私が急にいなくなって、母上が心配しているに違いない、
と、声に向かっていいました。
すると、相手はしばらく黙った後、
それほど母親の事が気掛かりならば返してあげよう、
そう答えました。
そして、気が付くと、門の前に立っていたのです。」
この若侍によれば、姿の見えない声はすぐ横にいるように聞こえたという。
そして、同僚たちは口々に、
これは、天狗の仕業だ、
母を思う気持ちに心動かされ、帰してくれたのだ、
といった。
「テングサライ 天狗攫い」の項も参照の事。
次回は、天狗になってしまった者たちの話である。