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幻想住人録

 

ヘビースモーカー工場

 

 

 

たまるものか!

たまるものか!

こんな所で捕まってたまるものか!!

 

疲れた・・一服させて欲しい、、、。

 

 

 

なんとか一つだけ掴んできたその違反物は、俺の握った拳の中でグシャグシャになってしまっている。

ああ、だめだ。せっかく手に入れたタバコが・・使い物にならなくなっちまう!

政府が4年前に発令した、『禁煙法』は、今では誘拐や殺人、どんな犯罪よりも罪が大きい。

どうしてそうなったかはわからないが、俺が【どうせ長くはもたないだろう禁煙宣言】をしてからすぐにこの法律がニュースで発表された。

本気で自己禁煙するつもりが、本気で強制禁煙させられる事になってしまったのだ。

無茶いいなさんな、、、、仕事とか人付き合いでイライラしている者が増加している昨今、どこの人間が癒してくれる余裕がある?どこのカウンセラーが完全な治癒法を教えてくれる?

もう、俺にはタバコしかないんだ。

すべての鬱憤を煙にして吐き出す。

空腹時が特にいい。頭がポカーンとする。

そうすれば、ポカーンとした状態で次の仕事に手を付けられるし、五月蝿い上司を消す為の完全犯罪の事なんて考えなくていいんだ。

 

 

 

今、実はとっても苦しいのだ。

さっきからどれくらい・・・そう、かれこれ2時間は走り続けている。

追われているんだ。

愛煙家の俺が、嫌煙家達に。

 

 

今ここでようやく状況説明できたのは、嫌煙家をどうやらまいたようだからだ。

くたびれた農家の農工具置場でしゃがみ込んで、ようやくお楽しみの時間が訪れる。

手で握っているタバコの箱から、一本取り出し、口にくわえる。

 

 

「ぷはぁー、いいねぇ」

いけね、声を出すのは危険だった。

煙もあんまり拡散しないよう、こっそり吐かなければならない。

さっき、苦しいと感じたのは走って疲れたからじゃない。吸いたくて、吸いたくて、我慢できなかったからだ。

もっとおいしく、プハーッと煙を吐き出したいもんだねぇ。

今吸っている銘柄は『ショートペニス』。略して『ショッペ』。

アメリカ人が考えそうな名前だ。

なんでこんな名前かは知らないけど、別にそんなケは俺にゃないっすよ。

それに、そういう味がするわけでもない。って、どんな味かは知らないけどな。

 

 

 

滅煙隊【バプティスマス】。

それが俺の追っ手だ。

狂った嫌煙家集団で、愛煙家・・・いやいや、タバコを一本でも所持している者を見つけたら、刑を執行する為に、国家が選んだ人間から構成された嫌煙家戦闘集団だ。

よく、飲食店や駅で見かけた禁煙マークの付いた鉢巻に、腰から下げた携帯空気清浄器。

それが【バプティスマス】の姿だ。

 

俺は、俺たち愛煙家は吸いたいだけだ。誰にも迷惑をかけるつもりはない。

全世界では歩きタバコは禁止され、特別な喫煙施設、『シガレッ塔』が建てられ、みんな、そういった場所でしか吸わないようになった。

 

それが、今では喫煙は死刑、所持は無期懲役になる。

 

 

どうしてこんな事になったのか。

噂では、4年前に起こったアメリカとイギリスの戦争の切っ掛けがたタバコだったからだと聞いた。

 

緊張感にあった二国の会談中、アメリカの大統領が、イギリスの首相の顔にタバコの煙を吹き掛けた。

それがどうしてこんな事に発展したのかはわからない。

まあ、たんなる噂だからな。

 

 

 

肺が痛い。

走りすぎだ。

タバコのせいかも知れないけど、それは覚悟している。

今は、吸う自由が欲しい。

 

 

 

嫌煙家集団【バプティスマス】は建物に火を放ちはじめた。

さっき、俺が逃げている時に入り込んだ小さなビルだ。

彼等はあそこに俺がいると思い込んでいるのか、火を放ってすべての出口に見張りをたてている。

飛び出してきた俺を槍で串刺しにする気だ。

だけど、俺はとっくに建物を出て、こうしてその光景を見ている。

火が大きくなったら、大きな音が出るはずだから、ここから猛ダッシュで走り去るつもりだ。

やつらだって、燃え尽きるまではあそこに居まい。

 

 

建物に火をつける亊より、タバコに火をつける亊の方が罪だってのは、いかがなもんかねぇ。

 

 

 

何かがこげる臭いがする。

俺の隠れているゴミ捨て場の奥から煙がたっている。

あそこにも火を放たれたのか!!

となれば、今ここから逃げるしかない。

しかし、まだ火を見守っている【バプティスマス】がこっち側にはうじゃうじゃいる!!

 

俺はまだ煙が漂う奥に、足音を殺して近付いた。

そこにもう誰も居なければ、火を消して逃げる事ができる。

煙の量から見れば、そんなに大きな火はまだ生まれていないはず。

 

 

 

火の様子を伺おうと、生ゴミの詰まったビニール袋越しに覗こうとする直前、その煙の臭いの正体がわかった。

フィルターの焦げる臭いだ。

少し酸味がかった、プラスチックが焦げたような臭い。

 

 

俺と同じ、愛煙家が6人程たまって、短くなったタバコを吸っていたのだ。

俺が姿を現すと、6人は怯えたように逃げようとした。

 

「まってくれっ!俺は仲間だっ!!」

「し・・・信じられるかっ、きっと、【バプティスマス】に違いない!!」

やむおえない。俺は一度咳をしてから歌った。

「タバコちゃーん、タバコちゃーん、ターバッコッチャン♪」

6人は顔を見合わせる。

「この歌は・・・俺達、愛煙家たちだけが電波を受信して観る事ができる、『ちびタバコちゃん』のテーマソング!」

「なんだ、同士だったのか・・。疑ってすまない」

6人は安堵の息。

「それどころじゃない、今、俺を追ってきた【バプティスマス】がすぐそこで建物に火を付けた!!俺が逃げた事を知ったら、ここにもすぐに来るぞ!!」

「【バプティスマス】が!?」

「くそっ、一服タイムが・・・」

 

彼等はシケモクを大事そうに袋に詰めて、すぐにこの路地から走り去る。

俺も共に逃げる。

 

 

 

走りながら俺らは隠れる場所(一服できる場所)を目で探し求めていた。

「おい、新入り」

「え、、、俺の事?」

6人の中で一番体格のいい男が、そう呼んできた。

「そうとも、俺らは愛煙活動家【蛇煙〜スネーキング・スモーキング】。略してSS!!おぼえておけ」

「蛇(ヘビー)愛煙家(スモーカー)って事?」

「ま、まぁな」

体格のいい男、SSのリーダーは照れたように赤くなった。

新入りって、別に仲間になったわけじゃないが、今はそれどころではない。

 

 

 

たたたたたん。

 

背後から発砲音が!

「ぐわあっ!!」

メンバーの一人、『痩せこけて、虚ろな目の男』が胸から血を吹いた。

リーダーがすぐに肩を支える。

「おい、しっかりしろっ!!」

「ちくしょーっ!!」

SSたちは口にタバコをくわえて、煙を【バプティスマス】共の追ってきている方向に吹き掛けている。

「やつら、タバコの煙を恐れている!!しばらく、煙を吐き続けながら、走るぞ!!もったいないなんて思うなっ!!」

事切れた『痩せこけて、虚ろな目の男』の口に、リーダーはシケモクのタバコをくわえさせてやり、手を合わせた。

全員が合唱。

 

 

 

本当だ。

やつら、タバコの煙に戸惑っていやがる。

空気清浄器を付けて、煙を吸い込みはじめたぞ。

俺は追っ手の様子を見ながら走っていた。

 

 

次の瞬間、走っていた瓦礫の山の一部に大きな穴が空いた。

SSのメンバーの二人、『歯が黄色い男』『目の白い部分が、やや黄色い男』のイエローコンビが穴に落ちた。

穴の中には数人の【バプティスマス】が隠れていて、イエローコンビを槍で串刺しにする。

「くそっ、トラップかっ!!」

走り去ろうとするリーダー。

「リーダーッ!!」

穴に落ちた一人が、脇腹を両サイドから槍で貫かれながら、何かを穴の外に向かって投げた。

袋に詰まった、様々な銘柄のシケモク。

「お前らあああっ!!!俺が責任をもって全部吸ってやるからなあッ!!!」

残るは俺を含めて、SSが三人。

リーダーと、『鼻毛で鼻腔が詰まった男』『爪に縦縞のある女』。

背後からは、穴に落ちた同志の「レジスタンス万歳!!」という声が聞こえた。

レジスタンス・・・・なんか違う気が。

 

 

俺達4人は、追っ手の姿が見えなくなるまで走り続け、やがて廃虚となった自動車工場に潜り込んだ。

 

ここで一服タイムだ!!

 

 

俺がタバコを一本出すと、SSのメンバーがポカンと口を開けて見つめている。

「あ・・どうかしたの?なに?」

「ううん、そういう丸ごと一本のタバコって、見たの久しぶりだったから・・・」

『爪に縦縞のある女』が言った。

「俺なんか、もうあの独特のタバコの臭いを忘れちまっているよ。付けたばっかのあのパフューム・・・・」

『鼻毛で鼻腔が詰まった男』は、その前に鼻毛を処理するべきであると思う。

「とにかく・・・そんなもん見るのは・・・・・・俺がタバコに火を付けた瞬間に、家族が目の前で処刑されたあの日以来だ・・・」

リーダーは視線を落した。

俺は箱から三本のタバコを伸ばす。

「どうぞ」

「え?」

「うぞっ?」

リーダーは険しい表情で俺を見る。

「それがなくなれば、もうそんなマッサラなタバコは・・・一生拝めなくなるかもしれないんだぜ・・・」

「どうぞ」

三人は顔を見合わせて、顔をほころばせた。

『鼻毛で鼻腔が詰まった男』がそれをもったいない、という感じで袋に入れた。

「おい、今吸っとけ」

リーダーだ。

「で、でも・・・」

「俺達はいつ死ぬかもわからねえ。死んでからじゃ、お前の肺は煙を入れてはくれねぇぞ。そうやって吸えないまま死んでいった同胞の事を考えるんだ。それに、こうして新入りが俺達にくれたモノだ。旨そうに吸って見せるのが、礼儀ってもんじゃねぇか」

『鼻毛で鼻腔が詰まった男』は頷いて、旨そうにタバコを吸った。

 

 

リーダーが工場の天井を見る。

工場は他の機械は数年前にストップしているようだが、どういうわけか換気扇だけが機能している。

「ちっ、せっかくの煙り、こんなに早く吸い込ませてたまるか」

「おい、よせ、そのままでいい」

リーダーが『鼻毛で鼻腔が詰まった男』を止める。

「見ろよ、結成時の事を思い出さねぇか、、、ああやって、煙が渦をまいて吸い込まれていく・・・・蛇がとぐろ巻くみてぇにな、、、、、それでSSにしたんじゃねぇか」

二人のSSは懐かしそうに、換気扇に煙が吸い込まれるのを見ていた。

 

 

しかし、おかしい。

工場のメインの電力をストップすれば、換気扇だけが付いている事はない。

まさか・・・

 

「おい、新入り」

「なんすか?」

「ヘビースモーカー工場って知ってるか?」

「いや、なんだい、それ。」

 

 

「世界中のタバコを製造していたという工場なんだが・・・そこにはシンボルとなる巨大なタバコの煙突があるんだ」

「煙突・・・」

「そうなの、私達、そこを目指しているの。その煙突は・・・本当のタバコでできていて、吸い切るのに数年間かかるっていうの。今も火が先端に付いているのに、燃え続けているんだって」

『爪に縦縞のある女』が得意げになって話す。

「それって都市伝説かなんかでしょ。噂ではチラリと聞いたかもしれないけど」

「新入り、この噂は真実だ。だって、俺はそこで昔働いていたんだからな」

「ええっ!!」

「え、リーダー本当なの?」

「そんなの言ってくれなかったじゃないですか!」

他のメンバー二人も驚く。

「言ったって信じねぇだろ。それに・・・・確信が持てなかったんだ。・・・今もそこが残っているか・・ってな。でも、確信が持てた。この地区は彼等のトラップらしきものも多いし、追っ手も異常な数だった。街が壊滅して、空はスモッグに包まれていてヘビースモーカー工場がどこに残っているかはわからなかったが、きっとこの地区の中にあるんだ」

「なるほど、僕達、愛煙家の楽園って事か・・・」

「そこにはな・・・白い雪が振っている。それがヘビースモーカー工場なんだ」

「雪?ここは首都圏だぜ。こんな季節に・・・」

俺は吸い終わったタバコを消して、問いかけようとした。

 

 

「やっぱりニコチン鼠どもはここに溜まっていたか」

 

俺達は囲まれていた。

【バプティスマス】達に。

 

この工場は換気扇が機能し続けていたのは、きっとここの工場に愛煙家どもを追い込んだ時の為の事なのだろう。

彼等の苦手とするタバコの煙が、工場内に蔓延しないように。

そして、ここでは愛煙家の処刑が行われているのかもしれない。

 

 

【バプティスマス】は先程、射殺した男、穴の中で殺害した二人の男、そいつらの首を槍に突き刺してかかげていた。

その中の一つの首は、まだタバコを口にくわえている。

その首の刺さった槍を俺達に向ける【バプティスマス】の一人。

「こいつ、タバコを噛み締めてはなさねぇんだ。死んでるくせしやがってよ」

 

俺達はその場で散った。

『鼻毛で鼻腔が詰まった男』が袋からシケモクを出して、火を付けようとしている。

【バプティスマス】の苦手な煙を吹き付ける為だろう。

その彼の鼻毛が詰まった鼻に槍が突っ込まれた。

 

 

『爪に縦縞のある女』が、ジッポライターのオイルをばらまいて、火を放った。

【バプティスマス】たちの数人が火に包まれた。

俺は、その壊れた囲いを抜けて走った。

 

 

 

 

 

 

心臓が飛び出る程激しく鼓動する。

こんなに走ったら死ぬんじゃないかってぐらいに走っていた。

 

リーダーと『爪に縦縞のある女』は無事に逃げる事ができただろうか。

 

そんな事を考えながら、いつの間にか俺の足は走る事をやめていた。

もう限界に近い。

だが、ゆっくりと足の歩みを続ける。

瓦礫の上を走る事は非常に体全体に負担がかかる。

やがて、足がザクッという感触を感じた。

足下には・・・・・灰?

その俺の目の前をチラチラと白いものが舞い落ちる。

 

見上げると、見上げた俺の顔に降り注ぐ・・・雪。

いや、それも灰だった。

 

「はは・・・み・・みつけた・・・ぜ・・・」

 

巨大な大砲の方針のようなものが、先端から白い煙を曇天模様の空に流している。

白い煙は化学変化が起こるのか、数秒後に薄黒いスモッグへと変わる。

空の黒い煙はこの煙が原因だったのだ。

ヘビースモーカー工場。

巨大なタバコがオブジェとなって、今もその先端から独特の臭いと煙を出す。

巨大なタバコの接口部まで歩く。

さすがにこんな太いタバコは吸えない。直径で2.5メートルはある。

このタバコを吸う事ができるように、通常のタバコの太さの吸い込み口が用意されていた。

「このタバコ・・・一生かかってもすいきれな・・・いや、こんなもの吸ったら」

 

「もう見つけたか」

 

俺はその声で振り返る。

しかし、俺が思っていた【バプティスマス】の追跡ではなかった。

「リーダー!!」

SSのリーダーは体中に痛々しい傷を負い、ふらふらと歩み寄ってきた。

「これが・・・・俺達の楽園・・・」

「そうだよ、リーダー!!・・・・俺達、愛煙家の楽園・・・・・なのか・・な・・」

リーダーは満足げだ。

「あの・・・女の仲間は・・爪に縦縞がある」

「死んだよ」

「そ・・そうか・・」

「俺が・・殺した・・・」

「え・・・?」

リーダーはピストルの銃口を俺に向けた。

「ここは俺だけの・・・楽園なんだよ!!」

ぱんっ

 

ぱんっ

 

 

俺は目を開く。

・・・・・・俺は撃たれていない。

血を吐いて倒れたのは、リーダーだった。

「あとは・・・・最後の一匹だな」

「ああ、SSのボスめ・・・どれだけ俺らの仲間を殺しやがったんだ」

「落ち着け。こいつで・・・おそらく最後だ」

そこには数名の銃を持った【バプティスマス】が立っていた。

俺は膝を地面に落した。結局、俺はここに向かいたかったわけでもないのに、ここで死ぬ事になっちまった。

「おい、待てよ。こいつ・・・・まだ生まれていないんじゃないか」

【バプティスマス】の一人の声だ。

「なんだと?どうしてわかる」

「こいつ・・・・SS特有の身体異常が見られない」

「・・・・・・うむ・・・・確かにそう言われてみれば・・」

 

 

俺の顔を【バプティスマス】の一人が銃で小突く。

「おい、ベロ出せ」

わけもわからないまま、俺は舌を出す。

「舌色、正常!!・・・・おい、そのまま、十秒出していろ」

「・・・・・・・」出し続ける俺。

「おい、きさま、吐き気は?」

首を横に振る。

「爪を見せろ・・・次はアカンベーをしろ!!」

言われるままにするしかない。

「こいつ・・・未誕です!!」

 

何をこいつらは言っているんだろう。

俺は気を失ったから、まあ、もういいや。

 

 

 

声だけが聞こえる。

 

 

「この男・・・どうしてタバコを吸っているのに、宿主になっていないのだ?」

「確実になってないとは言い切れん」

「あの蟹共は・・・・うまく入り込んで支配をする・・・支配・・・いや・・・なんといったらいいんだろうか」

「いい、いい。開ければわかるでしょ」

「こいつは死ぬかもしれない」

「いいでしょ、喫煙者なんでしょ?」

「そーそー、それにいずれにせよ、喫煙した者は『浄化』をせねばなるまい」

「徴候が出ていないのに・・・いいんですかね・・・」

「ばか者!!泥棒を見つけてから縄を探したんじゃ遅いんだ!!」

 

俺は泥棒じゃない、、、そう言いたかったが、また意識が途絶えた。

 

 

 

目が覚めたのは、鼻を刺すような血の臭いを感じたからだろうか。

久しぶりに見た、目蓋の外の光景は、血の水たまり、血の池、血の川、血の湖、、、、、いやいや、血の大海原。

【バプティスマス】のグチャグチャの死体が至る所に積み重ねられている。

 

なんだこれは・・・・いったい・・・・ここで何があった?

さっきまで聞こえていた話声の主たちが・・・こいつらなのか・・。

電源が入ったままのパソコンの画面に目がいった。

 

『浄化不可能』

 

何かのエラーメッセージのようだ。

 

 

冷たい廊下の壁に手を当てながら、廊下のセンターラインを見つめ、歩く。

センターラインがとても長いタバコに見える。

火を付けるべき先端・・・どこにある・・・・。ぎゃ・・・逆か・・・。

いや、逆の道は吸う部分かもしれない。

だが、吸わずして火を付ける事はできない。

あああああっ、どっちだ!!

どっちへ行けばいい!!

 

 

 

(どこへいくんだい?)

この声は何だ。

俺はその声の主の姿を見ようと視線を上へあげる。

まさか、こんな事が。

 

俺の目の前で、人ならざる者の声を発し、語りかけてきた者。

それは、喫煙者のアイドル、『ちびタバコちゃん』だった。

名前はかわいいが、蟹のハサミのような手を生やした、丸い玉だ。

「夢・・・・」

(君がどこかへ行く事はないんだよ。ここでゆっくりするもよし、また旅をするもよし)

「ゆめ・・ゆめ・・・」

(どこかへいくのはいいけれど、もう禁煙なんて考えて下さるな)

「・・・ゆめ・・・ゆ」

(パカパカタバコ吸って、モクモク煙吐き出しちゃいましょう)

「うっせぇぞ!!!てめぇ、夢なんだろ!!夢はゆめらしく・・・」

(夢・・・そう・・・・僕らの夢じゃないか)

 

 

 

「GM-CFS(顆粒球マクロファージコロニー刺激因子)・・・・・あれがいけなかった・・・・」

廊下の向こうから、ボロボロの白衣の男が歩いてきた。

「免疫系細胞の異状活性化は・・・すべての内臓の正常サイクルが・・・ごほっ」

白衣の男の口から血が吐き出された。

いや、血色の肉の塊・・内臓が。

そして、内臓は瘤だらけのそのおぞましい姿のまま這いずり、俺の足下まで来た。

 

(それが・・・これからの人類の姿なんだよ)

この内臓が?

この、癌細胞に覆われた、怪物が!?

(もう・・・変わっていくんだよ)

「お前・・いや・・・お前らはなんなんだ?」

 

(軽くいえば、タバコ星人・・・・かなぁ)

「・・・・・・・・軽いなぁ・・」

(地球人類は・・・・本当に悪い癖を直せない生き物だった)

「だった・・・・だと」

(親から子に遺伝するものって・・・病気だけじゃなく、悪い癖もそうなんだよね)

ちびタバコちゃんは三つの口のようなものを開閉させて、人ならざる声で話す。

こいつは癌細胞か。

なるほど、字の通り、口が三つもあるわけか。

(この星はそういう癖を持つ・・・悪い癌に犯されてしまった・・・。だから、僕達ワクチンが生まれたんじゃないか)

「・・・・・癌で支配された人類が・・・この星の癌だと?」

(違う、人類自体がこの星にとって有害なものだ。だから、僕らが排除している、そうだろう?)

「僕ら?・・・俺も含めて言っているのか?」

 

(ああ、君だよ。君が、『ヘビースモーカー工場』なんだから)

「・・・・・・・蟹野郎・・・・」

(君は、ずっとタバコを吸い続け、世界に煙を吐き続ける。そういう旅をしているんじゃなかったかい?)

ナニヲイッテイル・・・。

(君が『ヘビースモーカー工場』なんだよ)

何を言っている。

(君は、新しい人類にとっては創造神、滅びつつある人類にとっては・・・死神さ)

そのキャンサー・セル(癌細胞)は三つの口で笑った。

 

 

 

 

 

 

日本人男性のタバコが原因と思われる喉頭ガンになる率、吸わない人間の90倍以上。

肺ガンになる率、7倍。

 

また、喫煙者の放出した煙により、喫煙しない者もその影響が大きく出る。

 

 

なぜ、人類はタバコを吸うのだろうか。

なぜ、死への近道を選ぶのだろうか。

 

 

 

 

 

目が覚めた。

・・・・・・夢落ち??

 

そう思いたかった。

 

 

 

 

しかし、あの悪夢よりはマシな結果になったかもしれない。

 

 

【バプティスマス】は浄化を諦めた。

 

我ら人類は・・・・共存を選んだのだ。

 

 

 

 

 

体内にできた癌細胞は、ある日を境に、優秀なポリス・セル(警察細胞)となった。

ナチュラル・キラー(NK)や、マクロ・ファージに並ぶ免疫細胞、ポリス・セル。体に侵入した悪疫をどんなものでも排除する役目を果たす。

このポリス・セルを育てるのは・・・・タバコだった。

体の治安を守る癌細胞。それを育てる為に吸い続ける。タバコを。

 

 

やはり、いつの間にか俺達人類は、こいつらに支配されてしまったのかもしれない。

俺は、そう感じながらもタバコを吸う。今では大手を振って、という感じだ。

近年、すべての企業で、社員にタバコがボーナスと共に支給される事となった。

街を歩いていれば、15秒間隔で灰皿がある。

その集められた灰は、医療関係の研究団体に回収され、現在、『飲めるタバコ薬』を開発中だという。

また、植物や動物にもこのポリス・セルは誕生過程が見られており、米国の農場ではセスナでの灰の散布が行われている。

 

形は変わったが、今ではすべての大人、子供、また動物や植物までもがタバコを摂取していた。

 

 

 

きっと、ヘビースモーカー工場は、この現代社会そのものなのではないだろうか。

吸わなくてはやってられない、そんな社会こそが喫煙者を永遠に生産し続ける工場なんだ。

 

 

あの時見た巨大なタバコの工場。

きっとあれは、人類というものを抱え込んだこの星が、ストレスを解消させる為に吸っているタバコなのかもしれない。

だから、あのタバコが燃え尽きる時、この星はストレスを爆発させ・・・滅びるのだろう。

 

 

 

俺たちは、いつの日かこの煙を吐き出す筒を手放す時が来るのだろうか。

 

 

そうそう、君たちの健康を損なうおそれがあるから、吸い過ぎには注意した方がいいよ。それから未成年者の喫煙は絶対駄目だ。

喫煙マナーも守ってな。

 

まだ、こんな世界はやってきていないのだから。

 

 

完 

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