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幻想住人録

 

紫鏡 前編

 

「一回でーーーも妊娠♪」

私はタイトルは忘れたけど、ある数え歌の替え歌を口ずさんでいた。

右手首の薄青い筋に剃刀の刃をあてがいながら。

私のお腹にはもう一つの生命が宿っているらしい。

昨日「産婦人科」という懺悔の場に行ってきた。

スプーンのお化けのようなものでかき出して・・・なんてできるわけないじゃない!!

もう命があるんだもん!

「時」というエッセンスを加えていけば、私を「ママ」と呼んでくれるんだよ!

そう、アイツに言ったけど・・・あーあ、男って最低。

「今、俺たちが育てられるわけねぇだろ?」

「お前の親父に殺されるよ!」

「お前だってまだやりたい事たくさんあるんだろ?」

結局、自分が一番かわいいくせに、私に理由を付けさせて堕ろさせたいんだわ。

確かに私もあいつもまだ19歳。

私はコンビニのバイトで、空いている時間はずっと小説を書いている。

あいつは地元の整備工場で働いているけど、もうやめたいって毎日愚痴をこぼしていたし。

こぼして「いた」し・・・。

友達も何が理由でかは知らないけどさぁ・・・。

嫌な話してくれちゃってさ・・・。

それが原因でこんな事する羽目になったんだから・・。

 

 

「ねーねー美喜、あれから彼氏さんはなんて言ってるの?」

友人の聡沢説子(としざわせつこ)は、私の家の冷蔵庫をかってに開いてパックの牛乳に直接口を付けて喉に流し込んでいる。

「セツ、やめてよー、女の子なんだからさぁ」

「いいじゃんよー、え、汚いって?」

説子は憎めない表情を見せる。

いつもそうだった。

男っぽいところも多いから、他の女の子友達も引いちゃってさ。

結局、一番仲がいいのは私だけ。

そういう私も説子には何事も隠さずいろいろと話す事ができた。

「で、どうなの?産んでもいいって?」

私は溜め息を付き首を横に振る。これで覚って欲しい。言葉にしたくないから。

「・・・・・そう・・・なんだ・・・・ひどいよね・・・」

説子は自分の事のように肩を落とし、目に涙を滲ませた。

「仕方ないよ。それに私もとても親には言えないし。一人暮らしさせたお前が悪い!ってお母さんが殴られちゃうよ、お父さんにさ」

「彼氏を説得できないの?お父さんの前で土下座でもさせるしかないよ彼氏にさ」

「・・・・・・この前・・・お腹蹴られちゃった・・病院では何でもないって言われたからいいけど・・」

「・・・・・さいってい・・・・・ねえ、美喜・・・・悔しいでしょ?」

私は今切ったばかりのスイカをテーブルに置いてじっと眺めてた。

そしたら、スイカのきれいな赤い色に引き込まれそうになって、そのままボーっとしてたら、説子の会話の一部を聞き逃しちゃった。

「って感じでさ、ねえ、いいと思わない?これってすごく有名なんだよ」

私はなんの事を話していたのかも知らないまま、ただ頷いていたっけ。

「よっし!じゃあ・・・・・」

説子は自分のプラダのバッグから小さなメモ用紙と、6色セットになったカラーペンを取り出した。

「いい、美喜。これは・・・・私と美喜だけしか知らない秘密・・・。彼氏、そろそろ誕生日なんでしょ?二十歳の。」

「え・・・ええ・・・どうせ、同僚と飲んできて、その日は朝帰りだよ」

「なお好都合・・・・・はい!」

説子は何かをペンでメモ用紙に書き、それを折り曲げて私に渡してきた。

紙を広げる・・・・・紫色のペンで、「紫鏡」と書かれているだけだった。

「これ・・・なに?」

「ふふふ・・・・今、噂になってんだよ。その言葉」

「だから、なんなの?これ、どうするの?」

説子はスイカの一番大きいのを手にとって微笑んだ。

「その『ムラサキカガミ』って言葉を知って、二十歳になるまで覚えていると・・・・・死ぬんだって」

「・・・・・・・はあ?なにそれ・・・都市伝説ってやつじゃないの?」

説子はスイカにかぶりつき満足げに溜め息をついた。

「おーいしい!」

「ねえ、こんな事やめてよ。今、ぜんぜん笑えない状況なんだから」

私がそう言って紙をゴミ箱に投げ捨てようとした手を、説子はガッと掴んだ。そして鼻息がかかる程顔を寄せてきた。

「効くよ」

説子の表情がすこし恐ろしく見えた。

すいかの赤い汁が口の端しから流れて更に不気味に見せた。

「この呪い・・・・・効くよ・・・美喜」

「・・・・説子?」

説子は一度まわりを見渡し誰もいない事を確認すると、顔をもう一度近付けてきた。

「小池・・・・殺したの私なんだよ、美喜」

私は絶句した。

小池梨菜は高校時代、男子生徒の憧れの存在だった。

中学が説子と一緒で、親友だったって聞いてたけど、なんだか、高校では仲が悪かったみたい。っていうか、説子、バカにされていたみたい。

女の子たちのいじめの対象になっていたんだ、説子。

小池を筆頭に、説子をシカトしたり、下駄箱に鳥の死骸を入れたりと凄まじかった。

説子は先生にも相談もせず、一人で泣いていたっけかな。それで、私といつも一緒に帰っていたんだ。

「小池の誕生日会ってさ、すごいんだよ。人がたくさん集まるんだ。わたしなんか不二屋のケーキを一人で食べるくらいよ・・・・・」

「説子・・・・」

「だからね、バースデーカードって書いて、誕生日前日にそれと同じ事を書いて送ったの。恨みを込めて込めて込めて込めて込めて込めて込めて込めてさぁ・・・ふふ・・・」

説子がおかしい。

「あいつ、多分、誕生日当日、友達に話したんだよ。こんなメッセージが届いちゃってさー、とかいって・・・」

「・・・・・・・・・・・・・やめてよ」

「そしたら、小池!はっ・・・・ははっ!」

説子は手に持っていたスイカを床に落とした。

メシャッという音と共に赤い汁がはじけ飛んだ。

「10階の屋上からだもの・・・このスイカよりも原型をとどめてなかったよ・・・ざまあみろってんだ!!!」

説子はガッツポーズをとって、天井に向かって、唾を飛ばしながら叫んだ。

「やめてってば!!あれは自殺でしょ?遺書もあったっていうじゃないの?」

私は怒りながら説子の落としたスイカを掃除し始めた。

「美喜、遺書に・・・・なんて書いてあったか・・・・知ってる?」

私は説子の顔を見て何も答えはしなかった。

「紙中に『紫鏡』ってビッシリ書いてあったんだよ。」

「もうやめてってば!!!!!!」

 

説子が帰った後、ひどく嫌な気持ちが残った。

説子がいじめられていたのも、全部、小池に原因があったわけじゃない。

説子はひどく妬み屋で、嫉妬に狂うと何を言っても聞いてくれない程、恐くなる時がある。

自分よりも不幸な人間をまわりに置く事で、それを「友達」と呼んでいるんだ。

それにしても・・・・

説子が残していった『紫鏡』というメッセージ。

これはいったいなんなんだろう。

これを二十歳になって覚えていると死ぬ?

じゃあ、二十歳前に知らなくてはいけないってことか。

って、私も説子も知っちゃったじゃん!

ばっからしい。

私はそれをゴミ箱に投げ捨ててしまった。

 

あいつの誕生日当日。

時計は深夜12時を回っていた。

はああ、結局朝まで帰らないのね。それで、私が会社に電話して休む羽目になるのね。なんで、私があいつの仕事場に謝らなくちゃいけないのよ。

電話が鳴った。

なんだか、少し恐くなった。

これが、あいつの友達からとかで、今あいつは事故で病院に・・・・・なんて事に。

説子の話のせいだ。

私は笑えてないと思うけど、笑うようなそぶりを一人でしてみた。

その状態のまま受話器を手に取る。

「はい、新庄です」

「美喜か?」

「え?・・・直樹?」

「ああ、今、友達と飲みに行っててな、ちょっと考えてな。もう友達と別れて・・・今、一人なんだよ」

「どうしたの?じゃあ、帰ってくればいいのに」

「いや、お前にもいろいろと迷惑かけたろ?お前と二人きりで誕生日過ごしたいんだ。出てこれるか?」

私は泣いちゃった。すぐに待ち合わせ場所の駅前に行ったよ。

駅前は人だかりができていて、パトカーがたくさん来ていた。

嫌な予感がしたけど、人を分け入って何があったのかを確認したかった。

待ち合わせの時間までまだ10分ちょっとあったし。

 

紫鏡

 

 道路には血で大きく、そう書かれていた。

私は何かを叫んで張り巡らされたロープをくぐって直樹の元へ走った。

直樹はうつ伏せで倒れていた。

すぐに警察の人が私を止める。

「あの、関係者の方ですか?」

「この人の、こ・・この人の子供が、わたわたわたしの中に!ちょっ・・・・会わせてよお!!」

警察や周りの人たちは、混乱する私を哀れむように見ていたかもしれない。いや、きっと見ていただろう。

「遺書らしきものはこちらに残っていませんでした。・・・あの駅ビルから飛び下りたのです。」

「うそ!うそ!うそよ!・・・だって、今・・・私!」

「奥さん、これに見覚えがありますでしょうか?ずっとこれを手に握っていました。」

まだ奥さんじゃないわよっ、なんて突っ込みもいれる余裕はなかった。

血にまみれた(なにか肉片らしいモノもこびりついている)クシャクシャにされた紙だった。

私、広げてすぐに気絶しそうになった。

 

紫鏡

 

説子の書いたメモだった。

私はどのくらい叫び続けていたのかは知らないけど、その場で倒れ込んだ。

たんかで運ばれながら私の耳に警察関係者らしき人の声が聞こえてきた。

「不思議です・・完全に頭部が砕けていて即死状態だったんです・・・・」

「まったく、ミステリーだな・・・。それを確認しているのはどれだけいるんだ?」

「もうわかりません。ですが、駅を歩いている人間全員が見ているでしょうね。最初は何かのパフォーマンスだと思ったらしいですよ。」

「落ちて、脳みそがはみ出ている状態で、自分の血で地面に『紫鏡』と書いたのか・・・。」

「誰かへのメッセージだったのですかね?」

「恨みか?」

「・・・・・・呪いかも知れませんね」

そこで私の意識は完全に眠った。

 

 

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