アイの連鎖

 

 

 

「で、食欲とかはどうなの?」

「いや、なんだかさ、寝れないって以外は健康そのものなんだよ」

僕はつきあって五年目に突入する彼女と歩道橋を歩いていた。

いつも彼女とこの歩道橋を通る。

彼女・佐渡倉マナ子ははっきり言っていい女だ。

顔とかそういう問題じゃない。ココロだね。

ものごとハッキリ言うけど、僕みたいな優柔な男にはぴったりだと思う。

マナ子もきっとそう思ってるはずだ。きっとそうだ。

あと、とても料理がうまい。僕の知らない料理を作ってくれる。

クリスマスや遊園地に行く時は彼女の手料理が食べられるので楽しみだ。

マナ子は今日が僕の誕生日だからプレゼントを用意していた。

アルゴス・バーニーの財布とキーケース、あとアクアマリンのチェーンタイプのピアスを貰ってしまった。

めっちゃかっこいいんだ、このピアス。

マナ子は僕が欲しいものをまるで僕本人のように知っている。

僕も彼女の欲しいものは知っているさ。

いつも、クリスマスやお互いの誕生日の時にもらえるプレゼントで、僕ら二人はお互いの気持ちをわかりあえている事を確認できるんだ。

 

ところで話は変わるんだけど。

僕は最近、不眠症なるものに悩まされている。

寝れないなんて事、ここ27年生きていて一度もなかったのにな。

原因はわからないんだけど、常に誰かに見られている気がする。

僕の部屋はマンションの5階でまず覗ける人間は少ないだろうしナァ。

前のビルは建設会社だから夜は無人だ。

ていう事はだよ。

精神的なもんだよな、これ。

誰も見ちゃいないんだ。

いつも見ていてくれているのはマナ子だけだ。

こんなブ男なのに、喫茶店とかでいつも僕の顔を見ている。

わざとよそ見したりして、マナ子の視線を確認している。

そーそー、僕もマナ子の顔を目の端で見つめているって事だよ。

のろけはよせって?

ふふん、いいじゃんよ。これだけ一途同士のカップルなんて珍しいだろ?

なんとでもいってくれ。

 

今日は凄く寒いけど、歩道橋の上の風は好きなんだよ。

風になびくマナ子の髪がきれいなんだ。

今日はいつもよりもゆっくり歩道橋を二人で歩いていた。

歩道橋の上から下を走る車を見てマナ子は言った。

「見てて」

僕の見ている目の前でマナ子は歩道橋から下の車道に飛び下りた。

りんごを落としたみたいな音が下で聞こえた。

鳥の鳴き声に似た音をさせて止まった大型トラックの後方にはドミグラスソースが広がっていった。

一瞬の事だった。

歩道橋の上までマナ子の液体の臭いが漂ってきた。

僕はすぐに階段を降りて「そこ」まで駆け寄った。

絶望の色を顔に出して呻いているトラックの運転手の背中をポンと叩いた。

「ひいたの?」

とりあえず聞いてみたって感じ。

「違うんだよ・・・上から飛んできたんだよ・・・違うんだよ・・ちくしょう」

吐き気を堪えているような声で運転手は嘆いた。

トラックの下を屈んで見る。

タイヤと道路の間にマナ子がいた。

タイヤと道路の数ミリの空間からにょっきり顔を出していたマナ子は微笑んでいた。詳しく説明すればタイヤと道路の間には彼女の首から下あたりが挟まってミンチ状になっている。

その首から下部分が潰れたショックなのか、彼女の顔の皮膚は後ろから引っ張られている状態になって突っ張っている。

それが妙な歪み方で笑っているように見える。

眼球は飛び出る寸前だった。

 

これはもうマナ子ではなく、三流洋画に出てくる「できの悪いゾンビ」だ。

 

何日たっても悲しみはなかった。

恐ろしいと感じる。

僕にだ。だってだよ。

五年つきあっていた彼女が、そのあまりにも人間離れした姿に変わり果てたのを見て、「その場で覚めた」んだからね。

あれは愛する者の死体ではない、犬とかの死体を見た感じ、と僕は思ったわけです。はい。

 

貰ったピアスはテーブルの上に投げたままになっている。

思ってみたら耳にまだ穴、あいてねぇよ。

あいつ、そんな事も知らなかったのか?

いつも吸うたばこの本数が増えた気がするのは、あのうるさいマナ子がいないせいか。

吸い過ぎるとうるさかったからなぁ。

いま考えれば、なんてうるさい女だったんだ。

死んで好都合だったんじゃないかいな。

でも、なぜ僕の目の前で死んだ?

「見てて」

とは何を見て欲しかったのだろうか。

死ぬつもりではなく、トラックの荷台にでも乗ってスタントシーンを演じるつもりだったのか。

なら失敗じゃん。

笑える。

笑えるじゃんか。

さて、本格的にあの女の滑稽なところを、「マナ子の爆笑・珍場面」という題目でピックアップしてみよう。そして新聞を作るか。マナ子新聞。愛称マナシン。

愚かなマナ子の生活を思い浮かべつつお伝えする新聞だ。

四コマ漫画はマナ子のトラック・ミンチシーンを毎回構図を変えて描くと言うのでどうだろうか。

オチはないけど落ちて潰れたマナ子フェイスで十分っしょ。

 

 

なるほど、これだ。

僕は不眠症じゃないんだ。

眠るのが勿体無かったんだ。

毎晩毎晩。

マナ子をどうやって痛めつけて、あざ笑うか妄想しまくっていたわけだ。

僕もたいしたペテン師だ。

そんな気持ちを抱いたままマナ子とふつうに接していたのだからね。

本当はマナ子をうざったい・・・というかムカついていたんだなぁ。

そーそー、昨日は料理なんてしてみた。

『マナ子ハンバーグ』

人型にこねた肉を焼いて、ドミグラスソースをどっぱりかけた。

味?

うまいわけないじゃん。

 

 

さてさて、止まらなくなってきたヨー。

今度はあいつを、そう、マナ子を馬鹿にした歌を作ってみたんだ。

『マナ子はタラコ唇』という歌だ。

♪タラコーー、OHたらこーーーマナ子ーたらこスパゲティーー♪

日にちがたてばたつ程にマナ子の馬鹿な思い出が浮かんでくる。

こんな歌もできるわけだ。

 

思いきった行動に出た。

彼女の死に顔を覚えている限り紙に描いて、それを背中にタトゥーとして花々しくデビューさせる事にしたのだ。

彫り師もなんのためらいもないってところがイカしている。プロっすね。

イカれているの間違いか?

こうして、僕はマナ子の目ん玉飛び出た死に顔を背中に背負って生きていく事になった。

笑いたい時には鏡でこれを見るべし。

海でもプールでもヒーローだぜ。

生きてる土左衛門と呼んでおくれ。

 

最近は身の回りのものすべてをマナ子の死に顔で統一している。

バックにも、靴下にも、雑誌にも、部屋の壁にも電話器にも、マジックであいつの顔を描くのだ。

僕のバイクのキーに付いているキーホルダーは、僕のオリジナルだ。マナ子が首から下をグチャグチャにさせてブラブラ揺れている。

おかげで部屋のドコを見てもあいつの死に顔だ。

僕はこんな女と結婚しないで良かった。

死んだらこうなるんだものな。

 

 

相変わらず眠れない。

でも、もう悩みはしない。

あいつの事を考えていれば眠らなくてもオッケーって感じなのさ。

今夜もマナ子を妄想で罵って、殴ったりしてみるか。

 

 

 

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【報告ファイルNo2】

 

結婚相手や恋人を失ったショックから、その悲しみをなくそうと対象人物に異常な憎しみや恨みを抱くという精神の特殊なセルフメディケーション。

 

1957年ベルリンで起こった大量殺人が最初に報告されたケースであり、この場合は某新興宗教団体の一部の信者が「人類精神保存法」と題された教義書の内容に影響を強く受けた為に起こったと考えられる。

「人類精神保存法」の中の一文を抜粋する。

 

愛すべき者を自らの手で永遠に保存するには、その肉体を憎んで、その過去も嘲笑する。

ただ、その愛すべき者を自分に精神体として取り込む事が必要となる。

愛すべき者は何かのシンボルに置き換え(最も印象に残った)、愛すべき者を忘れ、そのシンボルを愛する。シンボルは自分にやがて取り込まれ、最終的に自分が愛すべき者に対して思った憎悪は永遠の愛に変換される。

我々の偉大なる主の途切れた言葉には「私を憎め」とある。

これは自暴自棄な発言ではない。肉体や生きてきた過去を思い浮かべるのではなく、精神としての将来への復活を望む、希望の言葉である。

 

 

精神病と考えるより、より人間の精神の機能の本質に近付いたものと考えられる。

こうした症状を持つ者には、もはや個の意志はなく、内部にある対象者を失った悲しみを打ち消そうとする、ある意味、機械的な消去法が適用されてしまっている。

近年ではこれが肉体にも変化をおよぼす事がわかってきているが、現在では明確な解答は出す事はできない。

 

この症状を  シャッフェンヴァール症候群(schaffen wahl syndrom……創造する選択)と呼んでいる。

 

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僕は眠れない。

だけど・・・もしかすると・・・これが眠っているという事なのかもしれない。

僕の眼球は僕の目蓋の下でグルリと反対を向く。

そして、僕の中を覗くのだ。

誰かに見られていたというより、僕を見ていたのは僕だ。

だけど、もっと無数の目に見られている感じがするのはなぜだ。

目が裏返り、自分の眼孔の奥深くを見ている。

それは赤い迷宮として奥に奥に続く。

・・・・・アイシテイル・・・・・

まだこんな感情が身体の奥に残っていたか。

殺してやる。

あの女への想いなんて殺してやる。

崩れたくなかったら憎め。

僕の身体はもうあの女への「何かの感情」を受け付ける事はできない。

僕の身体がヤキモチを焼いているんだ。僕の身体は僕に愛して欲しがっている。

自分を愛する事で、他人への愛が崩れたショックを打ち消すんだ。

さっきから僕の眼球は僕の身体中を巡っている。

そして、いよいよ「愛の転換」を終える時だ。

細胞をみている。

細胞が僕の創造するままに変化していく。

ただ、その愛すべき者を自分に精神として取り込む。

外での僕の視界や、入ってくる情報はすべてマナ子・・・お前だ。

愛すべき者は何かのシンボルに置き換え、愛すべき者を忘れ、そのシンボルを愛する。

お前を想っていた気持ちを僕に向けるよ。

ホラ、マナ子を憎んだり、あざ笑ったり、馬鹿にしたりしている間は「僕は生きている」って事だ。

マナ子の思いではクソみたいな過去と・・・あの死に顔だけ。

もうわかったんだ。

マナ子が「見てて」といったのはマナ子の身体じゃない。

僕の中に残されたマナ子の偶像なんだ。

つまり、本当に僕に愛して欲しい為に、いずれ朽ちていく肉体をお前は捨てた。

残った肉体も原形はない。

こうして、僕はマナ子の思うままにされたわけか。

だが見ろ、僕は僕の中の偶像のマナ子でさえ忌み嫌っている。

自分を慰める為の心変わりじゃないんだ。

僕は成長した。

僕は・・・・

精神としての将来への復活を望む、希望の言葉

僕は・・・佐渡倉・・・マナ・・・子・・・。

 

 

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最終報告

 

 

シャッフェンヴァール症候群は、患者個人の中で行われる精神浄化作用である。

No.4-10ファイルでは「呪い」などののケースを一例として入れた。

今回はこのメンタル・メカニズムの不可解なシーンを説明する。

 

Aは非常にBにたいして愛情を抱いている。

BもAに同じ感情を持っている。

例えば---AはBの好きな事をしてあげたい、AはBの好きなものを食べさせたい、AはBを助けたい、などの相手に対する思いやりの感情が働くにつれて、お互いはお互いの、性格・好み・・精神周期などを理解しあい、やがて自分の中に相手用の「個」のデータベースを作る。ここでいう「個」は自分の事だが、相手用の「別の自分自身」を造るのである。こうしていくうちに、相手用の「個」データベースは次第に、Aの中にBとまったく同じ「存在」が発生するのである。

Aの中で育ったBは、よりAの理想のBとなる。

次第にAはオリジナルのBよりも、A自身の中で作られた理想に近くなったBのコピーを愛するようになり、このBのコピーもAを愛しはじめる。

 

この段階ではAの中のBのコピーはAの支配下にある。

 

すべてAの中で行われている事だが、このような状態になればAの中のBのコピーはオリジナルのBの存在が疎ましくなる。

B本人はAの中でそのようなものが育っている事はまず知る事はない。

こうして、A個人の中でBへ対する愛情が殺意に変換される。

 

解離性同一障害の一種と考えられるが、シャッフェンヴァール症候群の場合は、Aの体組織を約半分をBとまったく同じ体組織にしてしまうという事が報告されている。

 

シャッフェンヴァール症候群の最終的身体変化とはイソメリゼーション-isomerization、つまりAという異性体がBという異性体へと相互変換される事である。

体組織が瞬間的に変化する報告はあまり例を見ない。

 

近年、細胞生物学で新しくできた言葉がある。

【バイオトランスフォーメーション・アダム】通称 bアダム化である。

アダムは雄性であり、雌性でもあるという説から作られた語である。アダムは自分から「女性」を分離させた。

bアダム化は人類がこれまでとまったく逆の進化過程を見せる事である。つまり退化をしている事になる。

雌雄両方の性質を持つ事になる場合、染色体にこれまでとまったく異なった連鎖変化が起こる事は予想されている。

 

 

最終報告となっているが、脳波をテーマに今後も研究を続ける事にする。

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私は愛していた。

だけど、彼は私を愛し過ぎた。

愛し過ぎて狂っていった。

彼は言った。

「いつもマナ子の事を考えているよ」

私は彼の中で理想の女となっていった。

現実の私はその理想に追い付く事ができなかった。

そのうち、彼の「彼の中の理想の私」の方が私へ向ける愛より大きくなってしまう。

私は彼と一つになる事を決めた。

彼に存分に私の理想を育ててもらっている間に、私はあなたの中に精神として残る方法を知った。

私が肉体を惜しみなく捨てたのもそれが理由。

私は彼の目を借りて、彼の中でデートをしている。

彼は眠っていないと思っているのね。

眠っているの。

眠っていないのは私。

「彼の中の私」がどれだけ大きな存在になっているのかものすごく気になるから。

私は彼の目となり、細胞となる。

肉体がなくなって、彼の理想と一体化した私の精神は・・・彼という星の中での唯一の女性・・イヴ。

今では細胞一つ一つが私の目。

彼が優柔不断でどこにいくのも迷うのは知ってる。

だから、せめて彼の身体の中のデートは私がいつどこでも見ていてリードしなくちゃね。

彼は知らないの。

私の目は彼の裏側にもあるって事を。

彼と私は本当の意味で表裏一体。

彼の中は私の愛の視線で張り巡らされている。

アイの連鎖。

 

だからこれからも私を

「見てて」

 

 

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シャッフェンヴァール症候群

【バイオトランスフォーメーション・アダム】 bアダム化

は、この小説の為に創作された用語です。