けんけんぱ 

 

 

その山奥からはね、不思議な事に鼓の音が響くんですよ。

奥深く、、、奥深く、、、。

もっと奥深く、入ってごらんなさい。

鼓の音に合わせて、ほら、、、、けん・・けん・・ぱ。

けん・・けん・・ぱ。

 

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セミの音が聞こえる。

セミという蟲はなんと機械的な音を発するものか。

その姿も、どこかカラクリめいたものを感じる。

私の足下に転がり、羽をやや動かせる程度の力しか残ってないセミが哀れに思えた。

彼等はどうしてこれほどまでに鳴くのだろうか。

いや、響かせると言うべきであるな。

哀れついでに、どれ、体の裏側でも見てやろう。

 

セミはアリ共に腹を喰い破られていた。

弱々しい動きは、セミ自身のものではなく、飽食権化のごとき蟲共が彼の体をめぐっている為に起こる痙攣運動だった。

しかし、こうしてみると、先ほどの哀れさは薄らぐ。

人間もこれと変わらない。変わらないね。

死んでから棺に入り、土の中に埋まるまではそれは神聖な肉である。

神聖な肉にたいして、涙や祈りは尽きないだろう。

しかし、土の中に一度入れば、それはもう土の中のルールに従わねばならない。

神聖な肉であった死体は、蟲の餌であり、住居になる。

 

私がこんな山村にやってきたのは、ここでは葬送儀礼が何百年も前から変わっておらず、現在の私がそういった死に触れる儀礼全般にとても興味があったから。

 

普段は作曲などで飯を喰っているが、自分の仕事に満足する事がないまま、ただそれで飯を喰ってきた。

恋愛の喜びの歌。

恋愛の悲しみの歌。

奇跡の歌。

誰かへ向けて送るエール。

そんなテーマで曲を作れば生活ができる。

本当の私は生と死を過剰なまでに表現した曲を作りたかった。

生と死への崇拝。それが今の私の本質で、こうして生きて生活している期間は何も感動を感じない。

8年前に妻と娘を事故で失ってからというもの、私はずっとそういった曲ばかりを作っていった。

人生の到達点。

悲しみの到達点。

生の到達点。

到達点?

どの到達点もすべて死ではないか。

なんだ、みんな死ぬ為に生きているのだな。

しかし、今の世は死をイメージさせるものはどんな表現でさえ忌み、私の仕事はだんだんとこなくなった。「結果」を題材にしては売れない、そう誰かも言っていた。

万人が歌う「希望」やら「愛」にだって、最後には到達点があるというのに。

 

 

セミはいい。

自分の命を燃焼させて曲を奏でられるのだから。

何日間も奏で続け、彼等は大地へと帰ってゆく。自分の生まれた古巣へ帰ってゆく。

この繰り返しなのだろう。

土から生まれ、天に昇り、奏で、そして奏で続け、死に、土へと帰る。

素晴らしいじゃないか。

彼等は誰かの悲しみを音楽にするわけでもなく、自分の生命の儚さを奏でているんだ。

それは一番、命にたいしてシビアな視点ではないか。

一番身近で、理解しやすい存在。それは自分なのだから。

いや、セミ本人たちにそんな意識がないにしろ、人間共は短い命の奏でるその音の美しさ、哀しさ、尊さを感じるだろう。

少なくとも私は感じる。

 

 

私はよく食べる。

この群がるアリのように何でも食べる。

そして、私はセックスをする。

それによく寝る。

いろいろ考える事も多い。

たいして重要な事ではないが、とにかく色々考える。

嗚呼、嫌だなぁ。

ほんとうに嫌だ。

セミのように純粋に生命を音を奏でたいと思っている私は、なんと。

なんと欲深いんだ。

食や性にたいしてだけでなく、自分の「最後のあり方」までも決めたいという欲望。

欲・・・人間として当然の事だと考える事もできる。

だけど、それならば人間という生き物こそ、『欲』そのものだ。

渇望する事しか知らない、満たされた事をまともに受け止める事を許さない、、、

吸収機械。

欲し、吸収し、排泄し・・・その繰り返し。

それを考えると私の足下に転がるセミこそ・・・、なんと純粋な機械なのだろうか。

生命ある限り音を奏で続ける、美しい楽器だ。

 

私は亡くした妻子の為に。

いや、それも余計な考えだ。何かの欲が背後にある。

では、自分自身の命の為に。

ただ、音を奏でる楽器となろう。

 

 

 

 

 

とてもセミのように木には登れない。そんなに衰えていたのだな。私は。

では、セミが生まれて帰るところへ入ろう。

私は足下の柔らかい土を素手で掘りはじめる。

セミの亡骸の傍らで。

 

 

掘り続けて一時間もすると、私の爪の生え際がささくれだつ。

痛みはあるが、土の冷たさがそれをまぎらわせた。

掘り続ける。

爪の間に土や砂利が入り込み、ジンジンと痛みはじめた。

いいだろう。

こんな手はくれてやる。

掘り続ける。

数時間後に、私一人が立って入れる程の大きさの穴ができる。

私は土が崩れないように、その細い穴に体をそっと入れる。

すっぽりと首から下が入った。

体を少しゆすると、やや窮屈な事がわかった。

両手を下にして入った私に、もうこの穴から出る術はない。

もとより出る事は考えていなかったのだと思う。

そのまま空を見上げる。

いつの間にか日も暮れていた。

この寂しい山村の、山の奥深く、、、私は大地と一体化した気持ちになり、しばらく恍惚状態となる。

ふと気が付くと、私の目の前にはアリ共の撤退したあとのセミの亡骸がこちらに顔を向けていた。

私は彼と語り合いながら時を過ごす事にする。

 

 

 

夜風が吹いてきた。

それで目が冷めた。

どれほど時が経っていたのか。

何も聞こえぬ。

蟲さえも寝静まった夜、まあそういう事にしておこう。

あいもかわらず私の友人の亡骸は目の前で、夜風に羽を揺らしている。

冷たいが、とても心地がいい風だねぇ。

昼間の暑さが嘘のようだよ。

ここにいれば、私はあらゆる欲望と称される怪物から解放される。

手足も動かさぬまま、感覚だけでこの自然を受け入れる事ができる。

何も喰わず、眠る事だけ。

音を奏でたければ口で奏でればいい。

 

 

 

どうやら。

最後に私に残っていた欲が起きてしまったようだ。

しかし、その欲もおそらくこれが最後の起床であろう。

だって、、、私にはもうそれ以上の力が残っておらず、これからも力を取り入れる事はないのだろうから。

 

そして、私は最後の欲を捨てる為に、穴の中で手淫をした。

 

 

 

しばらく、寝ては歌い、歌っては寝る、を繰り返していた。

それしかする事がないのだから。

歌は、自分で作ったものだが、アタマの中で考えているような歌詞はでてこなかった。歌声が出なくなっていたのだ。

かすれた、死にかけの獣の声と同じ声だ。

 

 

 

左足が異常な程にむず痒くなってきた。

こうして私は穴の中で九日間もいるのだ。いや、精確な時間はわからないのだが。

左足がむず痒い。

すべての感覚は麻痺しているはずなのに。

だが、これは痒みではないかも知れない。

すでに私には痛みという感覚はなかった。

すべての神経のいい加減な状態にある現在の私の中では、痛みは痒みという感覚に変換される。

つまり、痛みをオブラートで包めば痒みなのだ。

今は小さな感覚は感じなくなっている。

そうなると、痒み本来の感覚はもうすでに私には感じる事ができないという事だ。

つまり、左足のむず痒さは、本来は痛みであるはずの感覚なのだろう。

それが手に伝染するのにそれほど時間はかからなかった。

 

 

 

左足に全ての感覚がなくなった。

どうやら、私の左足はすでに蟲に食い荒らされているようだ。

残った右足をやや動かせば、左足の露出した冷たい骨に触れる事ができる。

すでに、、、流れる時の経過で、穴の中に入ってきた土や石が完全の私の体を埋め尽くしていた。

身動きは全くといっていいほど取れない。

それにしても。

これで私の脳は、左足に命令を出すという仕事がなくなったわけだ。

 

 

 

 

おそらく、、、両手が腐って土と同化した。

白い骨は残っているだろうが、もう肉はいい加減な場所へと散って、混ざってしまったのだ。

これで私の脳は、両手に命令を出すという仕事がなくなった。

 

なぜ右足だけが残っているのだろう。

そう。

きっと、こうして私は立っていなくてはならないからなのだ。

ここで両足をなくせば、いつか私の頭も土に埋没し、この世からなくなる。

だが、私はそうなる前にするべき事があったのだ。

 

 

生命が尽きる前に、私自身の死を謳う事。

「私はこうして死んでいくんだなあ」という事を、風流な気持ちで歌いたい。

そう思っていたら、顔の前にある友人の亡骸が、「聞かせてごらんよ」と言っているではないか。

 

 

だが、声はもう出なかった。

何も飲まず、喰わず、ただ生きているだけの私には、もう声を出す事ができなくなっていた。

なんという事だ。

最後に、自分を儚む歌が、、、歌えないとは。

 

 

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そうして年月が過ぎ。

この山村もにぎやかになっていった。

山に信仰心を持っていた古い者達は死に絶え、若い者達が村、山を奪った。

山は木々を伐り倒され、土を掘りおこされ。

ああ、山の下の村は街になった。

夜なのに、、、なんと明るいものか。

 

ある日、人々が山で土を掘りおこすと、地中の奥深くから一体のミイラが発見された。

それは、両手と左足を失い、右足一本だけが残った男のミイラだった。

何に包まれているわけでもないのに、他の体は蟲に喰われる事なく、残っていた。

人々は不思議がったが、それを無縁仏として村に運んだ。

 

それから、村では怪しい噂が流れはじめる。

 

「山からお囃子がきこえる」

「太鼓の音が山奥から聞こえる」

 

 

わかりましたか?

彼は奏でたのです。

志半ばで、体が全て埋まってしまった彼は、、、、、まだやり遂げていない事があった彼は、、、、まだ土に混じる事ができなかったのです。

あの時、彼は声が出なかった。

歌いたくても声が出なかった。

楽器を叩きたくとも、楽器がなかったのです。

だから、山奥で、石を叩き、木を叩き、、、、奏でていたのです。

手も、足も、欲もすべてをなくしたからこそ、彼は木や石で奏でる事ができたのです。

 

人々は祟りめいたその怪異を恐れ、山は結局、元のように静かになりました。

 

彼はこうして、木石の神とされたのです。

一本足の神として。

 

 

セミが鳴いていますでしょう?

でも、夜になると嘘のように静かになるんです。

それは、山のすべてが、彼の命の音に耳を傾けているからなんですよ。

もっと奥深く、入ってごらんなさい。

今でも聞こえる、石や木の鼓の音に合わせて。

け・・けん・・ぱ。

け・・けん・・ぱ。