カシマレイコ 二之章
「私の足はどこにありますか?」
「警部・・・・・・三月警部!!」
私は何度呼ばれていたのだろうか。
それさえも耳に入らないほど、例えるなら群青色の渦が頭の中を巡っていた。
「どうした?」
「それはこっちのセリフですよ!ずーっと机の上で突っ伏してるし・・・・寝てるかとも思いましたよ」
「仕事中に寝るわけないだろう?・・・考え事だよ。」
「ところで、指紋なんですが・・」
「わかったか?」
「・・・・・はい・・・・それが・・・・・」
伊集院佳子・・・・・・。
2年前に夫と事川信用金庫に銀行強盗に入り、銀行員2名を射殺、夫が逮捕される直後に伊集院佳子はピストルで喉を撃って自殺した。
夫は昨年末、獄中にて急性心不全で死亡。
壁には自分の爪を剥いで、血で書いた妻の名前が書かれていた。
今回の足切断殺人事件の容疑者と思われる、足の入ったビニール袋についていた指紋は彼女のものだった。
そう・・・・2年前に彼女は死んでいるはずなのだ。
そして、彼女の足も同じ袋から発見される。
「どういう事だ・・・」
私は今朝の新聞の記事を、デスクの上で広げた。
『猟奇!!足を切断して殺害!!』
『被害者はモデル並みのスタイルの女性ばかり』
まだ、この事は公表できないな。
「警部・・・これはどういう事ですかね。・・・・伊集院佳子は生きていた・・という事ですか」
「ばかな、我々は彼女の死を目の前で見て、死体も安置室に運ばれたんだ!・・・それとも何か?死体が蘇って、復讐をしているとでもいうのか?」
「・・・・・そうはいいませんが・・・しかし、これはどう説明できますか?」
「・・・・・あの夫婦はなぜ、犯行に及んだか知っているか?」
「・・・ええ、借金苦で追い詰められていたんですよね」
「夫の尚史は細胞学者だったが・・・・彼の発表した説は・・・SFもいいところだった」
「覚えていますよ。・・・・死にかけた人間の細胞を蘇らせる・・・なんとかって薬を作る研究をしていましたよね」
「ああ、彼は細胞の知識を不老不死への研究に注入していた。・・・ばかだよ、現代の医学では人の死を左右する力はない。狂っていたんだよ・・・」
そう、狂っていたのだ。
いつからなのかは私の知るところではない。
容疑者の断定ができないまま、5日が過ぎた。
マスコミでは警察の遅い対応に対し、直接的攻撃をした。
だが、警察は沈黙を続けるしかない。
容疑者が2年前に死んだ女だったなんて、誰が言える?
それに、私は死んだ夫婦をよく知っていた。
いや、聞かされていたと言う方が正しい。
夫婦は、私たち家族が、前に住んでいたマンションの同じ階に住んでいた。
私は仕事で忙しく、あまり顔は見た事がなく、もっぱら妻が伊集院佳子の愚痴の聞き役だった。
旦那は研究費用ももらえないのに、馬鹿な研究に没頭している。
家が苦しいのに、自分(伊集院佳子)が稼いだ金を研究の為に使ってしまう。
いっそ殺してやりたい。
・・・というような事を毎日聞かされていたのだ。
私の妻、依子はいつも頷いているだけだった。
だが妻は、いつの日か、伊集院の妻は異常だと言っていた。
いつか、自分の夫を殺しかねないと。
私は、それはないよ、と妻に言った。
銀行強盗の理由は研究費用と生活苦からのものだったのだろうが、夫を憎んでいた妻が一緒に犯行に及んだというのも驚いた。それほど、追い詰められていたのか。やはり夫婦だったという事か。いまではどうでもいい事だ。
いや・・今ではどうでもいい事の「はず」だった・・。
その日は考え事をし続けていたせいか、ひどい頭痛とめまいがし、家のソファーで寝ていた。
「パパ、風邪?」
「パパっていうな・・・心配ない、考え事のし過ぎだよ」
「だと思ってた。はい頭痛薬」
私はそれを口に放り、コップの水を一気に飲みほした。
「ねえ、少し、ちゃんとした場所で寝たら?」
「ああ、そうだな、2.3時間だけ寝るかな、後で適当な時間に起こしてくれるか?」
私は寝室のベッドに入ると、ろくに考え事も浮かばないうちに眠ってしまった。
何か嫌な音がする。
それで目が冷めたのだろうか。
ぎぃこ・・・ぎぃこ・・・・
寝室は暗く、ドアの隙間から洩れていてもいいはずの電気の光が全くなかった。
娘は寝てしまったのか?
「私の足はどこにありますか?」
それは私の耳がしっかりととらえた。
声はドアの向こうからだ。
ぎぃこ・・・ぎぃこ・・・。
どこかで聞き覚えのある女の声。
すこし曇らせているようで、はっきりと誰の声かは思い出せないが、間違いなく覚えている。
だが、寝起きのせいか意識が朦朧としていて、いつまでたっても思い出せない。
それどころか、私は体が動かなかった。
金縛りというやつか?
ビッ
何かがドアに触れた音がした。
・・・・・・・・・私はこれから、伊集院佳子の霊を見るのか・・。
今までの殺人は伊集院佳子の怨霊の仕業なのか?
私はこの場だからこそ考えられる、非現実的な事で頭の中を渦巻かせた。
ドアが開いた。
窓からのわずかな明かりが、その顔を写し出した。
血にまみれた・・・・・依子の顔を。
気絶したのか、今始めて起きたのか。
私はすぐに部屋のライトは付けずに、そっと寝室のドアのに近付いた。
机の上の夜光塗料の光が深夜2時過ぎを表示していた。
悪夢であって欲しい。
しかし、あのか細い、若いのか歳を経ているのか、無気味な声が耳に残っている。
娘の話していた怪談が私の中で大きく膨らんでいった。
私は部屋の扉を、恐怖を打ち崩す為に一気に開いた。
「美咲!!」
私は暗い部屋の中、わずかな外の光で倒れている美咲を発見した。
「美咲!!オイ!!・・・・くそぉっ!!!!」
私は急いで電気のスイッチを手探りでさがし、オンにした。
娘の両足は無事だった。
だが、美咲は完全に気を失っていた。
年頃の娘にする事ではないが、私は美咲の短パンの下に生える白い足を、もう一度よく見て確認した。
美咲の両足の付け根には、赤く線が引かれていた。
血かと思ったがそうではない。
これは内出血をしている色だった。
誰かが美咲の足を切ろうとして途中で断念したのか?
その瞬間私の両肩を美咲が掴んだ。
「!!」
「わ・・・わた・」
「美咲?」
「私の足は・・・・どこ?」
美咲は入院した。
原因は判らないが、何かひどく恐ろしい体験をしたために錯乱状態になっていた。
娘の警備に信用できる私の部下が二人病室についている。
私はと言えば、昨日と変わらず、デスクでこめかみを指で押さえ考え事をしていた。
「三月警部・・・心中お察しします・・・」
「・・・・なぜ、美咲が巻き込まれなくてはならないんだ・・・」
部下は言いにくそうに書類を私の目の前に出した。
「・・・・警部、全員のガイシャに、気になる共通する事が・・・」
「・・・・何かわかったのか?」
「見て下さい・・・すべての母親の出身が、茨城県鹿島郡の鹿島なんです」
気を失いそうになったのはあまり経験がない。
だが、この時ばかりは気絶しかけた。
またか!!
カシマ!!
「そこに一体何があるんだ!!」
「い・・いや・・・・それは私も・・今調査段階でして・・」
「製鉄ですよ」
それはちょうど署員の昼食を運びにきた、そば屋の親父の声だった。
「いや、立ち聞きしてたわけじゃないですよ。ちょっと耳に入ってくる程大きな声だったんで」
そば屋の親父はデスクの上に次々とそばを置いていった。
「そこじゃあ、有名なものっていったら、私の知ってるかぎりでは鹿島製鉄遺跡と鹿島神宮ぐらいですな」
私はそこに行けば何かがわかると直感したのだ。
あいにく私しか、自分の足を探し求める女の都市伝説、「かしまれいこ」をこの事件に関連するものとして考えていなかったし、わたしもこの事は一切他の者には口にしなかった。
私は茨城県鹿島郡鹿島へと向かった。