カシマレイコ 一之章
「私の足はどこにありますか?」
K県S市。
「ガイシャは・・ンクのス・・・ートに茶色の・・・で・・・ます!」
「無線がよくききとれない!今、現場に向かってる!それから詳しい事を聞く!」
私の乗ったパトカーは高速道路真下の小さな雑木林に向かっていた。
夏も終わりかけ、暑い日に、たまに涼しい日が混じり出した時期の事であった。
「・・・・凶器は?」
「いえ、見つかってません」
「何か犯人の残したものは見つかったか?」
「今調べています、そろそろ報告があると思うのですが・・」
被害者は24歳の女性。
殺害の方法は何か刃物のようなもので、両足を根元から切断という残忍な手口。
死因は調べるまでもなく、出血多量だった。
被害者は自分の血がつくった海に浸かっていた。
殺害されて数時間たっているが、この出血量は血液を固めさせるのを困難なものにしている。
だから、いまだ血液は新鮮に見える。
「他に外傷は?」
「いいえ、この足だけですね。解剖にまわしてみないと判りませんが」
私は気がついた。
「切断された足はどこにある?」
「・・・・・・・・・」
「またか?」
「捜索中なのですが・・・・」
「おいおい、犯人は足マニアか?・・・いくら美人の綺麗な足でも、血が通わなければただの腐っていく肉だろう。・・・・・今月で何人目だ?」
私は少々現場で不謹慎な言動をこぼす。
三月平太郎・・・それが私の名前だ。
キャリア組の中でも最も古株に入るかもしれない。若い者がほとんどの職場だから仕方がない。
妻とは5年前に離婚している。中学生の娘は私が引き取った。
よって残った余生のほとんどをこんな飯のまずくなる仕事を約束されている。
近頃、若い女性の足を切断するという殺人事件が多発している。
「これ」で5件目である。
犯人は何一つ証拠を残さない。
婦女暴行された形跡もなく、金品が強奪された様子もない。
快楽殺人者か?
犯人像も特定できない。
殺された5人の女性にも、現在わかる範囲では共通点はなかった。
ただ、今回は他の4件の殺人と違っていた。
「三月警部・・・ガイシャはこれを握っていました」
白い手袋を付け、私はそのしわだらけの小さな紙を見た。
この女性の持っていたメモ帳の一ページであろうか?パンダの絵が薄く、紙一面にある。
そこには自分の血で「仮死」と乱筆で書かれていた。
「ダイイングメッセージか。ドラマのような展開になってきたな。・・・・・仮死・・・・これはどういう意味だ?」
「・・・仮死状態って事ですかね?」
「ふん、死亡しているんだろ?」
「ええ、まあそうですが・・・・・。暗号のようなものですかね。別の意味があるとか」
「犯人の名前にしてはおかしいな・・・・・死にゆく者がこんな謎を込めたメッセージを残す意味はない。犯人を知っているなら直接、名前を書くだろう」
被害者は、まるで恐ろしいものでも見たかのように、目と口を大きく開いて死んでいた。
季節外れの蠅が切断された足の近辺を回っている。
生前はおそらく多くの男をだましていた女性だったろう。
派手めな化粧で、服装も男を挑発するような服だ。
短いスカートの下は白く細い足が・・・あるはずなのだが、彼女にはなかった。
彼女は足を失い、何を恐れ死んでいったのだろう。
そして、一体このメッセージで何を伝えたかったのだろう。
私はこのクイズに答えられても、素晴らしい商品はもらえない。どんどん、ひどい死体を見せてくれるという仕事がプレゼントだ。
狂った犯人の精神のように、私の心も歪んでいるのだろうか。
私は家でずっと一枚の紙をテーブルに置いて見ていた。
あの現場に置いてあったメモと同じ、『仮死』という字を書いて見ているのだ。
方向を変えたり、パソコンのキーボードと照らし合わせたりもしてみた。
キーボードで「かし」と見ると、「TD」のアルファベットがある。
犯人のイニシャルか。
だが、こんな事をする理由がない。
犯人を目の前にして、直接名前を書く事ができなかったのか。
だが、もし犯人が見ていたなら、何かの証拠になりそうなこのメモは抹消するだろう。それが意味不明のものであってもだ。
つまり、被害者は足を切断され、しばらく生きている状態で放置され、犯人は去っているのだ。
それとも、犯人に気付かれないように書いたのか?
どちらにしても、『仮死』が意味する事は考え付かない。
自分は足を切断されて、気絶、もしくは仮死状態になるから、死んだと勘違いしないで!というメッセージか?
だが、あの出血では自分が死んでいく事ぐらい、子供でもわかるだろう。
私は考え事をすると、ひじょうにタバコの量が増える。
今、帰ってきてから20本目のタバコを口にくわえた。
と、火を付けようとするとそのタバコは奪われた。
娘の美咲だ。
「ちょっとー、そんなに吸ったら、せっかく美咲のつくった料理の味がわかんなくなるでしょう」
「悪い悪い、だけど、頼むよ、吸わないと考え事ができないんだ」
「ねー、それなーに?」
「ん?これか?警察署で出された難しい謎なぞだよ」
「へぇ、警察ってそんな事もするんだー、大変だねー」
目を細めて視線を私の手元に移す。今日は警戒が厳しいな。
「わかったよ、もう吸わないよ」
手にかけたタバコのケースを、わざとらしく、自分の座っている場所から遠くに置いた。
「ふふん、それでいいのだ!・・・・でも、へんな謎なぞだねぇ・・・気味悪いね。・・・やだ、変な事思い出しちゃった」
「ん?何をだ?」
「その字」
「美咲!何かおぼえがある言葉か?」
私は藁をも掴むタイプでね・・・・だが、妙なところに事件のヒントが隠されているものだよ。
「カシマレイコの噂だよ」
「かしま・・・・・学校の友達か?」
「ぜんぜん違う!やめてよねー、キモいなぁ。想像しただけでブルっちゃうじゃん」
美咲はなんでも勿体ぶる傾向がある。今回もわざとカップに注いだばかりのコーヒーをゆっくり冷ましながら飲んでいる。
「都市伝説のカシマレイコだよ」
「なんだその伝説は」
「うちの学校のトイレに出るんだって。」
「なんだ、怪談の類いか」
「ちょっと、これが恐いんだってば」
美咲は勿体ぶるが、結局は喋りたがり屋なのだ。
「あのね、トイレのどの場所かは忘れちゃったけど・・2階のどっかだと思うんだけどね。・・・出るんだって。足のない幽霊が」
私は口に含んでいたコーヒーを吹き出した。
「やっ、まぢきたないー!」
「ごめんごめん、・・・で・・・足がない幽霊だと?」
さっきまで足のない死体を見てきたのだ。
それで、足のない幽霊の話をされたので、少し気味悪くなったが・・・・
「おい、そういや幽霊ってのは足がないもんだろ」
「そういうんじゃないの。足がキーワードでさ。その幽霊、出てきてまずこういうの」
「私の足はどこにありますか?」
「珍しい幽霊だな・・・それで?」
「こう聞かれたらね、M高速道路にあります・・・って答えなくちゃならないんだって」
「・・・・・M高速道路・・」
「そしたらまた幽霊が、誰に聞いたのですか?って聞いてくるの。これにちゃんと答えないと、足を取られてしまうんだって」
「それとこの仮死という言葉が何か関係あるのか?」
「その答えっていうのがね、『カは仮面のカ、シは死人のシ、マは悪魔のマのカシマさんです』なの。つーまーりー、その仮死って字見てそれ思い出しちゃったってわけ」
「・・おもしろいな」
「おもしろくない!コワイノ!!」
突然、私の携帯が鳴った。出なければよかったと今でも思うが、真面目で無遅刻無欠席で通っている私はそれはできなかった。
現場で毒づくくらいは多めに見てもらっているが。
電話の内容はもちろん仕事だった。
すぐ現場に向かわなくてはならなかった。
どうやらこの事件も私の管轄らしい。
足のない死体が発見された雑木林の上にある、M高速道路で、黒いビニール袋に入った、大量の人間の足が見つかった。
ひどく驚いた。
今話題に出していたM高速道路が現場なのだから。
「ひどいな。こりゃあ、足好きじゃないな。大事なコレクションをこんな事にはしないだろう。」
「警部・・・おそらく、今日発見された足なしの遺体の足もここに・・・」
「ああ、一つパズルが完成されたのはいいが、あと4体の死体の行方不明の足もあるかな」
「・・・・それなんですが、全部で6人分の足があるんです。・・・全部女性です」
へどが出そうになった。
「じゃあ、また足のない死体を見させられるのか。・・・・・犯人の野郎・・・・とっつかまえたら俺の足の匂いを嗅がせてやる」
翌日、6人分の足のうち5人分は、5人の足無し死体と一致した。
そして、足の入っていたビニール袋に、犯人らしい指紋が発見された。
その結果・・・・・・・犯人のものだとみられる指紋は、袋の中の身元不明の足の持ち主と一致したのだ。