鬼街〜かくれんぼ
始章
――もういいよ――
明かりのほとんどない、建物が密集した街。
小さな明かりが至る所には見られるが、まるでここは墓場だ。
ぼんやりとほの赤く灯る数少ない灯には夜光蟲が群がり、電燈や電球のものではない明滅を作る。
その不定期な明――暗――明――暗――と繰り返しこぞ、規則性の無い構造のこの街にはうって付けの灯火。
壁には誰が描いたものか、奇妙な文字と模様が描かれている。
魔除け、鬼避けの護法印だ。
そして、行方をくらました子供達を探す似顔絵の描かれた貼り紙。
ぺらりぺらりと風もないのに揺れるもの。
破かれて肝心な似顔絵がわからないもの。
悪意の無い悪戯によって落書きをされているもの。
とにかく街のあちこちに貼られている。それだけ子供達がいなくなってしまったという証拠だ。
暗い街にめぐる灯台の光。
その灯台は街の中心に在り、そびえ立ち、全てを見渡しているようだ。
その「蟷螂灯籠【とうろうとうろう】」と呼ばれる黒く高い灯台は、まるで黒蟷螂【くろかまきり】の振り上げる鎌のように光を巡らせている。
一体、蟷螂灯籠はどこに建っているのか。まるで幽霊のようにいつの間にかそこにあり、忘れた頃に目に痛い光を刺してくる。
その光は街の全てを見ている。
見ていらっしゃる。
もちろん、子供達の事も見ていた。
朽ちて誰も動かす事がなくなった機械と落書きだらけの鍋工場。
そこは荒れ果て、天井が崩れ、転がっている鍋、鍋、鍋。真上から覗けば内の隅まで見える。だけど、そんな真上から覗く事ができるのは蟷螂灯籠と、あれ、くらいだ。
鍋工場では8人の狐面をかぶった子供達が、いつ始まるものかと不安そうに、不満げに、無表情に寄り集まっている。
「おい、タチジ。いつ始まるんじゃ」
ノシガは好物の韮饅頭を両手にタチジを睨んだ。
「いやあ、もう始まってもいいはずですヨ。人は揃っているみたいだし」
ノシガの視線から目を逸らすタチジ。
「ひぃふぅみぃ――あれ、一人多くねぇか?」
スクは数えた指を自分で不思議そうに見た。
「確かに一人多いですネ。あ、きっと飛び入りがいるんですヨ」
「飛び入り?誰だよそれ」
「ま、」
ノシガは韮饅頭をたいらげて、膝に手を置いてノッシリと立ち上がる。
「何人いたって変わらんわい。最後に勝つのはこの――ノシガ様よ」
逞しく膨らんだ腹を撫でるノシガ。
ちりーん
鈴が鳴った。
白い巫女服の黒髪の少女。
彼女の持つ蟲籠から下がった銅色の鈴の音。
蟲籠の中にはバタバタとせわしなく羽ばたく、これも真っ白の蛾が一匹。
時々巡ってくる蟷螂灯籠の光を反射して、白い蛾の周りを漂う鱗粉がちらちらと輝いて美しい。
巫女姿の少女はその蟲籠を地面に置き、しゃがんで眺めている。
その愛らしい表情の狐面の中の瞳には、白い蛾の作った光が映り込んでいる。
少女の瞳は蟲の美しさに惹き付けられているのか。
それとも、何も見ていないのか。
「ヒコラ」
少女はトコトコさんの参加者か。良い噂のないこの遊技に。
「――ヒコラ」
集まっている子供達の中では女の子は彼女だけ。みんな何人かで参加しているのに、彼女だけ一人で参加したようだ。
「――おい、ヒコラ!」
三度目で、ようやく自分の名前が呼ばれていた事に気が付いたヒコラ。
「う、うん」
「ったく」、というようにヤイマオは首を横に振る。
「だいじょーぶかよ、ヒコラ」
「え?何が?」
「はぁー――、ヒコラお前、本当にトコトコさんに参加するのか?」
ヤイマオの問いの意味がわからず首をかしげるヒコラ。まだ視線は巫女姿の少女に向いている。
「おいよーヒコラ、あいつはお前の妹じゃねぇぞ」
「そんなのわかってるよ」
ヒコラの前にしゃがみ込むヤイマオ。そしてジッと顔を見る。
「な、なに?」
「まだ生きてると思ってんのか?」
ヒコラは視線を逸らすようにうつむく。
「サツミは――この街のどこかにいる――絶対に。一年前、トコトコさんをした夜からサツミは姿を消した。でも、あんな迷信、僕は信じない」
「鬼――か」
ヤイマオは集まった他の子供達を見回して立ちあがった。
「俺たちはその迷信を確かめる為にこうして集まった。まあそれぞれ事情はあるんだろうが――トコトコさんは『秘密のかくれんぼ』だ。街の子供達なら誰でも知っているこの迷信を、このトコトコさんをやる事でもっとその秘密とやらを知る事ができる。――俺の目的はそれだけだ」
ヤイマオは壁に背をもたれ、転がっている鉄鍋を蹴った。
「ねえ、ヤイマオ。鬼って本当にいるの?」
「ほんとに鬼なんていんのか?」
スクは疑うように工場の入り口から頭を出し、そこから見える街の明かり覗き込む。その顔に蟷螂灯籠の光が当る。
「じゃなきゃあ、毎年トコトコさんで消えちまう子供達はどこに行っちまったかって事でやんすヨ」
「じゃあなにかい?鬼が攫って、いなくなったヤツらは喰われちまったって事か?」
スクの言葉に唸りながら人指し指で眼鏡を直すタチジ。
「鬼か――おもしれぇじゃねぇか」
ノシガは腰から鉄の棒を抜いてノシノシと何かを探しはじめる。
そして、工場の入り口の両左右にある、灯籠を担いだ人型石造の前に立つ。
「そんなもんワシが――」
鉄の棒を振りかぶり、
「ボッコンボッコンじゃあっ!!」
叫びながら振られた鉄の棒は石造の首に当り、激しい音をたてて首が折れて転がった。
「ふうー、ふぅー、まあ、ざっとこんなもんじゃわい」
「けっ、デブはすぐに息がきれる」
「ん??なんぞ言ったかスク」
「いえいえ、なーんも。お見事っすよノシガのアニキ」
気持ちの入っていないスクの拍手。
「ふぅーふぅー、それにしても」
ノシガは肩で大きく呼吸をし、工場内を見渡す。
「どいつもこいつもシケたツラしてやがるのう、ふぅーふぅー」
先程から一言も喋らず、少しも動かない二人の子供。
ボサボサに伸びた髪の毛で対照に色分けされている狐面。
ノシガの視線にもまったく反応をしない。
「けっ、キショクわりーやつらじゃな」
また腰の袋から韮饅頭を取り出して頬張る。
「もしかすると、あいつら壊し屋のインムとヤンクじゃねぇですかい?」
「もぐもぐ、なんじゃ、そりゃ?」
「俺、聞いた事あるぜ。普段はおとなしいけど、キレたら相手を殺しかねねぇ頭のぶっとんだ兄弟だろ?――そうか、あいつらもいたのか。へ、きっとトコトコさんに参加すれば、壊したい放題だと思ってるんだ――あれ、おい、タチジ、ノシガのデ――アニキは?」
スクはタチジが呆れ顔で指差す方向を見た。
ノシガは重そうな体を立てにゆさゆさと揺らし、巫女姿の少女の前に立っていた。
「おい、オナゴ!!見かけん顔じゃな」
ノシガの声が聞こえないかのように蟲を見続ける巫女姿の少女。
「ワシはノシガ様じゃ。このトコトコさんで鬼をひっ捕まえたらお前にも拝ませてやろう。今からワシの事をよーく――」
「なあ、タチジ――あれ、まさか口説いてんのか?」
「さ、さぁ――」
まだノシガのナンパ? は続いている。
「っという歴戦の男でその名は広く伝わり、街の大人どももこのワシを恐れて――おい、オナゴ聞いとんのか!!」
聞いてませんでした。
「そんなキショクわるい蟲なんぞ見とらんでワシの話を――」
ノシガが蟲籠を蹴ろうと足を上げた時、
ちりーーん
巫女姿の少女は冷たい目でノシガを見た。
やや、怖じ気付くノシガ。
「な、なんじゃお前は――」
「さあさあ、もうやめときましょーヨ、アニキ」
「なんじゃ、このオナゴ、気味が悪いワイ!!」
スクとタチジに抑えられながらノシガはまた入り口近辺まで引っ張られていく。
また少女は蟲籠を見続けた。
「さあさ、(重いから)自分で歩いて。あの女、まったく聞いてないでやんすヨ」
「そそ、恥さらすだけっすヨ」
「おい!!聞こえたぞスク!!」
「立て、ヒコラ」
「どうしたの?ヤイマ――」
ヤイマオがヒコラの言葉を制するように手を口元に差し出す。
ぱち――じぃー――ぱちぱち――
今まで光っていた工場内の裸電球が音をたてて点滅しはじめた。
「そろそろ始まるぞ――秘密のかくれんぼ、トコトコさんが――」
ヤイマオの言葉にヒコラは唾を呑んだ。
光の明滅に遊技の始まりを感じたのはヤイマオだけではなかった。
双児のインムとヤンクも初めて首を動かし、点灯を繰り返す裸電球を見上げた。
「や、やっと始まるんか」
ノシガは汗をかきながら韮饅頭を頬張る。
「あれ、ノシガのアニキ、震えてんすか?」
「む、むしゃぶるんじゃ!!」
「――武者ぶるいでやんすヨ」
工場内の明かりが全て消えた。
何も照らすものがなくなった工場は真っ暗闇に覆われる。
「ひっ」
「ちょ、誰でやんすか、抱き着いてくるのは――お、重!!!ノ、ノシガのアニキ!?」
その暗闇が数秒続き、突然昼間のように明るくなった。
蟷螂灯籠の光が強く工場内を照らしたのだ。
光が通り過ぎたと同時に、工場の扉が音を立てて開く。子供達が入ってきた入り口と反対側にある小さな扉だ。まるで、風でゆっくり開くように。
その小さな出口から、今ではとうの昔から使われていない電光掲示板がずらりと並ぶ暗い道が伸びているのが見える。
そして、子供達の見ている前で、その電光掲示板が一斉に光った。
【鬼街】【常世】【灯蠱夜】というような字が、赤、青、黄、白、橙、桃色の派手な光で闇に描かれた。夜光蟲共がそのネオンに群れ集まり、お互いぶつかり合いながら粉を撒き散らせている。
「始まった――行くぞ、ヒコラ」
ヤイマオがヒコラの腕を引っ張る。
「でも、かくれんぼなのに、鬼は――」
ヤイマオは派手な光が先に続く道を見ながら頷く。
「鬼はもう用意されている。ここに集まったみんなは、この街の中を逃げ隠れるだけさ」
ヒコラは引っ張られるまま、ヤイマオと共に走る。
後ろを見ると、まだ巫女姿の少女は座ったまま蟲籠を見ていた。
籠の中の蟲だけは光を浴びて狂ったように羽ばたいていた。
子供達は光の合図で、遊技場に駆け出した――遊び場に。
鬼が潜む、暗く明るい街に。
続く