幻想住人録

 

 第7話

 

うっすらと意識が戻ってくる。

あれ・・・・なんか・・・あたしってば縛られてない?

渚は心で思った。

視界がはっきりしてくると渚は倉庫のようなところに入れられていた。

目の前には椅子に座った女がいる。

ラヴクラフトの小説を読んでいるのだが、カバーを見ると本は逆さまになっている。

本が退くと、女の顔が現れた。

「こんばんわ、渚ちゃん」

「誰?」

「私は聡沢説子」

「あ・・・柳さんの彼女の?・・・って、これ・・・ほどいてくんないかな?」

聡沢説子は笑った。

「柳って・・・・これ?」

聡沢説子が柳の生首をぶら下げた。

「ひぃぃぃっ!!!!」

「あっははっははっはははははははっ・・・・・ひーーっくしょんっ!!」

聡沢説子は大笑いした後大きなくしゃみをして、柳の首を後ろに放り投げた。

と、同時に鼻血が流れる。

「誰なの・・あんた・・・」

渚は異様な光景に、目を背けたい気持ちでいっぱいだったが、現実に目の前で起こっている事を見失わないようにしようと考えた。

「名前いったでしょ?」

「そういうんじゃなくて・・・」

「ああ、私はね、・・・・・『噂』」

「は?」

聡沢説子は立ち上がって、ラヴクラフトの小説を投げ捨てた。

「夢ってさ・・・よくこんな夢見たんだよって人にはなすじゃん・・・・・あれって半分以上嘘なんだよね」

聡沢説子は鼻血を拭こうともせずに語りだした。

「本当に見た夢なんて・・・人間の言葉という機能では発音はできないんだもの。ヴィジョンで見たものを現実世界の言葉にするなんて・・・ほとんど、目覚めた自分が作った創作のストーリーなのよ」

渚は縛っているロープがなんとかほどけないかもがいてみた。

「『噂』ってさ、人が人を怖がらせようとしたり、かく乱させようとして作られたものなんだよね」

「意味わかんねぇ、ばっかじゃねぇの」

「渚ちゃん・・・『足切り殺人』って何?」

「はぁ・こっちが聞きたいくらいよ」

「『足』『切る』『殺人』という言葉の組み合わせだよね・・・・・『私達』もそう・・。組み合わせられていることによって、感じているフリ、見えているフリ、生きているフリをしている」

「ねぇ・・・ここはどこ?」

「ん?・・・・飛行船の中よ」

「・・・・・・あんたが『足切り殺人』の犯人だったのね・・・」

「ああ・・・『あし、いるか?』なんてやつ?あはは!!あは!ひーーーっくしょん!!」

飛び出す鼻血の飛沫。

「・・・・・・なにこいつ」

「なーぎさちゃん、足・・みてみ」

渚は自分の足を見た。

「い・・・・いやああああああああああっ!!!!!!」

渚の足は切断されていた。

「足がきられて・・・・これがほんとの『不足』」

今にも笑いそうになる聡沢説子。

「いやいや、まだ笑っちゃいけないわ、足みてみ」

「やだ!!お母さん!! お母さん!!」

「だーかーらー、お母さんはいいから、足見なさいっての」

渚は言葉が聞こえないのかずっと泣叫んだ。

「見ろっていってんだろっ!!むかつくなぁ!!」

聡沢説子は渚の頭を無理矢理押し込む。

頭が首にめり込む。ついでに足が見えた。あれ・・・ちゃんとある。いや・・・そういう問題か?頭がどんどん胴体にめり込んでいっているのに。

「もっともっとー、いえーい」

聡沢説子の声が遠くなる。

赤い視界。

渚は自分の体内の中にいる。

これって・・・国吉さんみたいに胸から出るの?

よく見ると、赤い視界の中に、ものすごい早さで動いているものがある。

それが何かは目では追えない。

「おーーい、きーーこーーえーーるーーー?」

聡沢説子の声だ。

「そこらでスカイフィッシュみたいに飛んでるのはね、『情報』よん♪」

情報?・・・そういえば、何かは見えないけど、何が飛んでいったかは分かる。

今のは中学のア・テストの結果。

今、目の前いったのはバイトのむかつく店長の声。

さっき気になってたのは多分、路子と田中への殺意だわ。

「言葉ってさ、運命を左右するのよね。『ムラサキカガミ』も『カシマレイコ』も同じ。『噂』というカテゴリーに入る、言葉が作った死神。」

あんたもそうじゃん。

「違うよ。今言った二つはね、たった一つの結果の為にある存在が作った言葉で、死神と言っても同じく言葉にとっての死神なのさ」

いーかげんに、頭もどしてよ

「現実で起こった事って、簡単に言えば、あんたは情報でしか受け止められないのよ。全部そうなんだよ。痛みも。悲しみも。情報を越えた情報なんてないんだから。」

あっそ

「あなたはたった一つの情報でしか認識されないの。加藤渚という言葉として」

そんな事ないもん!走るのが早い渚!英語が唯一平均点ギリギリの渚!かわいい渚!!いっぱいあるもん!

「それは、言葉の作ったイメージという接着剤でつながれているだけで、接着剤がなかったら・・・あんたは飛び交う情報の一つなのよ」

まぢでなんの事なの?

「ほら・・・・見てみなよ・・・・もうすぐつくじゃない」

渚は情報の嵐の中の一つの緑色に輝くものを見つけた。

「覚えてる?」

・・・・・・・・・・これが・・・

いるか島

 

渚は自分の中の『いるか島』に辿り着いた。

 

 

 

金子は車の中でずっと考えていた。

渚はきっとあの海岸にいる。

そこしか、もう辿り着く場所はないし、殺されているともなぜか思えない。

今までのすべての事件・・・『カガミ病』『足切り殺人』は『いるか島』が最終地点に違いない。

自分達が知らない、本当の真実がそこにあるはずなんだ。

三月さん・・・見ていて下さい。

車は無人となった道路を走っていた。

他の車はない。

この一台だけが、今ここだけに存在している。

信号は紫色に光った。

現実じゃない。

俺は現実を走っていない。

だが・・・三月さん・・・・あんたは俺の人生の中の唯一、憧れの存在だったんだ。

それだけは現実であってくれよ!!

ザザ・・・・

カーラジオが突然雑音を発した。

「・・金子さん・・・・・」

「板橋・・・迷ってるのか・・・お前も・・・」

ラジオの中の板橋は哀しげだ。

きっと・・・これは・・・夢でもない、現実でもない。

だが・・・・夢の中でも俺は現実を見失わない!!

「・・・・・曽我一族の残した歴史は・・・・すべてが作り物だ・・」

「板橋!?・・・・どういう事だ?」

「すべてが、たたらの呪いじゃない。たたらの一族、曽我は・・・なぜ、全国に散っていって名前を歴史的に殺したのか」

「言ってくれよ板橋。全部。もうわかってるんだ。なんの事はない。いままでのはぜーーーんぶ、物語の伏線であって・・・・それで俺には関係のない話。伏線は・・・・いよいよ、クライマックスが近付いているって事だろ?」

「たたらは製鉄ではなかった・・・・今でいう・・・錬金術」

「はあん、そうきたか」

「錬金術で彼らはある生命を作った。・・それが『情報』」

「・・・・・情報が生命だって・・・?」

「そこから『言葉』が生まれ・・・・『伝説』『噂』が産まれる。情報が様々な体を手に入れるんだ。」

「じゃあ、この腕も頭も現実じゃないってか。『カガミ病』とか『足切り殺人』の意味は?」

「『カガミ病』は、失った肉体を又手に入れる為の進化の為の一つ。」

「おいおい・・・・失った肉体って」

「人は『人から生まれてきた肉体』などというものはとっくの昔に消滅していると思うよ。すべて情報というものが計算されて組み合わされた・・・・現実にない肉体を触れたり見たりしているんだ」

「・・・・・・」

「ムラサキカガミという言葉は・・・・・二十歳までの間に覚えていると、情報組織の中で、あるモノを制御していた情報が殺される。記憶の中にこの言葉が残ったまま年令に達すれば、情報同士が打ち消し合い・・情報が情報でさえもなくなってしまい、本当の肉体を持とうとする『自分』を予定よりも早く外に出さなくてはならなくなる。もしくは自分の生命を断たなくてはならない。なぜなら、胸にできる器官さえも情報の産物であるから・・・癒着しきっていない情報が現れては矛盾してしまうのさ。そんなイレギュラーで多く死んだ。」

「・・・・・・・」

「情報を操作したり、癒着しているのはたった一つの核となる情報だよ、金子さん」

「・・・・・・・話を聞いても理解不能・・・んで、それはどこにある?」

「たまにみんなの間に広まるだろう?・・・・『噂』だよ。噂がすべての情報を分岐させ、真実のイメージに作り替える。真実を分解し、イメージやバラバラの嘘や仮説を癒着させる唯一の自由な情報・・・」

「曽我の錬金術研究は・・・作ったイメージを植え付ける事で現実も歪めるって事か」

「そう・・・噂と名付けられる情報は・・・誰もが耳を傾け・・誰もが疑いながらも、現実と重ね合わせて恐れたり、楽しんだりするもの・・」

「板橋・・・・・・お前・・・声が・・・」

板橋の声はいつの間にか、かん高くなり、女性の声へと変じていった。

「誰が板橋だって?・・・・・・・・・私は・・聡沢説子よ」

「としざわ・・・・せつこ?・・・・・・・・」

「それはいいとして・・・・どう?私の作った壮大なストーリー。」

「ストーリーだと?・・・・・快楽殺人女め!!」

「あなたも美喜のように私をそういう風に見るのね。結局話の十分の一も理解していないくせして」

「何を言ってやがる・・ミキだと?」

「ムラサキカガミ・・・カシマレイコ・・・・いるか島・・・・覚えやすい言葉でしょう?後から話作るのって疲れるんだから。でも、嬉しい♪ここまでできて」

「・・・・・・お前・・・何者だ?」

「・・・私?・・・『噂』・・・・」

「あ?」

「ほら、前見て運転しなさいよ・・かねこちゃん・・でないと・・・・」

金子は我に返り前方を見た。

「あなたも・・・いるか島にいっちゃうわよ」

信号が紫からすべて緑に変わり、緑の光が大きく歪んだと思うと金子の視界のすべてを覆った。

 

金子は冷たい感触に目覚めた。

それまで心地よい睡眠をとっていた感じだったので、ひどく起きるのがおっくうであったが、現実に目覚めるのも早く、すぐに体を起こした。

暗い洞窟に入るのだが、数メートル先に明るく光る出口が見える。

冷たい感触は天井から滴る水滴が原因であった。

「うおっ」

隣には亡霊のように渚が立っていた。

「渚ちゃん!・・・無事だったのか?」

「・・・・・うん・・」

渚の様子がおかしいと感じ、その後ろを見ると何かが暗闇から突き出ている。

手。

目が慣れてくるとそれは渚の母親だとわかった。

首には紫色の筋が浮き出ていた。

「・・・・・・・おい・・・これ」

「だめ!!」

金子が立ち上がって母親に近付こうとすると、渚がそれを止めた。

「お母さん・・・足もないの・・」

暗闇に遮られた下半身の末路を渚が言った。

「・・・・・お母さんが死んだなんて思わないで・・・これ夢なんだから」

「渚ちゃん・・・」

金子はタバコを吸おうとポケットに手を入れたがタバコは大学に忘れてきたようだ。

「ここは・・・どこなんだ」

「・・・・・いるか島」

「・・・そ・・そうか・・・」

金子はなんとなく分かっていたが、一応聞いてみただけだった。

金子は立ち上がり、入り口方面に向かって歩いた。

視界に明るさが広がっても、不安が消えないのが不思議だった。

洞窟の外の視界が見えた。

どこかの山の上にいるようで、木々の隙間から下にある民家のようなものが幾つか見えた。

「ここで・・・すべてがはじまったんだって」

渚がいつの間にか後ろに立っていた。

「・・・・すべてが・・・」

金子はもう一度一望した。

「なあ・・・あの女はどこにいる?・・・・セツコって名前の」

渚はじっと金子の目を見つめた。

そして、下を指差した。

「ここが・・・・・そうだよ」

「・・・・・いや、あの女だよ」

「だから・・・・ここが・・・・いるか島が・・・・聡沢説子」

「・・・・・どういう事だ・・・」

渚は首を横に振る。

「信じたくないよ!!・・・・信じられない!!・・・・・なんで私がここにいるの!」

「おい・・・渚ちゃん!!」

草むらから何かがざわめく音がした。

金子は拳銃を構えようとしたがそれも失ってしまっている。

緊張した金子が遭遇したものは、二人の老人だった。

金色と銀色の刺繍がある着物を着ている。

「あんたたちは?」

二人の老人は頭を下げた。

「曽我の者でございます」

金子は身震いした。

「・・・・ふざけるな・・・お前らが三月さんも・・・板橋も・・・・狂わせたのかよ」

「・・・・板橋と名乗ったものは・・・『曽我の大コウベ様』の生んだ、錬金術師・曽我忠次郎の記憶です」

「何言ってんのよ・・・・あの女は・・・この島が・・・あいつで、私で、金子さんで、お母さんだって言ってた!!どういうことなのよ!!」

渚がくってかかった。

「今からあなたたちに、『曽我の大コウベ様』に会っていただきます」

二人の老人は又、深く頭を下げた。

 

金子と渚は山を降り、村の中に通された。

この近代社会にこんな村がまだ残っていた事も意外だったが、今までのすべての事を考えるともう何も不思議に感じなくなっていた。

大きな神社の前に来た。

鹿島神宮と書かれている。

「ここは・・・・」

「あなたたちの知っているところとは違います・・・さあ、どうぞ中に」

金子と渚は身を寄せ合って中に入っていった。

国吉が死しても行きたくないと言っていた『いるか島』を自分達は歩いている。

大きなお堂の前まで来ると、老人が扉を開いた。

金子はその異常な光景に目を見開いた。

建物の外見とは違って、中には白衣姿の人間や、見た事もないような機械が詰まっていた。

研究室だ。

「ささ、奥へ」

金子たちが中に入っても、白衣を着た者たちは顔も見ようとはしない。

良く見れば異国人が多い。

今度は磨いた鏡のように、反射する扉の前につれられた。

「歴史は途中までは真実だったのです」

そう言って老人の一人は扉の横のスイッチを押し続ける。と同時に扉が両サイドにスライドし、開く。

酸味のある臭気が中から漂ってきた。薬品の匂いか?

中には巨大な水槽のようなものがあって、水が目一杯入っている。

水は水槽の下部にあるスクリューのようなもので常に渦を巻いていた。

「これが・・・・『曽我の大コウベ様』です」

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

金子と渚は何も言わなかった。

いちいち反応に出すのも面倒だった。

「私達は・・・・『曽我の大コウベ様』の考えるままに・・・・この日本の情報を操作していたのです」

「この水が・・・・考える?」

「この『曽我の大コウベ様』の思考がすべてにおいての生物の思考に振動しています。」

「私・・・・もう聞きたくない!!聞いてもしょうがないじゃない!!」

金子は渚を抱き締めた。

「この水はなんなんだよ、じじい」

「平安時代に・・・暗殺によって命を断たれた曽我入鹿は・・・水頭症という奇形で生まれてきました・・・」

「なんだ、それ。」

「脳水腫ともいう、脳室や蜘蛛膜下腔に髄液のたまる症状です。・・・・頭部が異常肥大するものです」

そして、もう一人の老人が始めて口を開く。

「当時はこういったフリークスは・・・福子と呼ばれ、大切にされていたのだが・・・藤原家は製鉄で力を付けていた曽我一族に恨みを持っていたので・・・・ある『噂』を広めたのだ」

「・・・・・・・・・・・藤原の一族が??」

二人の老人が交互に話した。

まるでこれもプログラミングされた機械のようだ。

「奇形は忌み子。災いの種と。」

「たたら製鉄に関わった者もすべてその噂の標的になりました」

「曽我忠次郎は錬金術を駆使し、足を腐らせる病を流行らせた本人と信じているものもいるが・・・あれは・・・藤原の策略だったのだ。」

「藤原はたたら製鉄の作業場の飲み水に南蛮の錬金術から得た毒を流し込んだのです。そこから、今あなたたちの知る足の腐る病が広まりました。・・・・・そんな時、忠次郎は別の研究をしていました。・・・・・・・・頭部だけで生きていける事のできる実験を・・・・・」

「はあ?改造人間かなんかか?」

「その実険にみずから進んで受けたのが入鹿であった。次第に、頭部は膨れ上がり・・・世の人間は忌み嫌ったわけだが、その入鹿の知識や学力に当時の政府は目を付けていたのだ。」

金子は水槽を顎で示した。

「その辺の経緯はいいよ。どうしてこれが・・・」

「藤原の策略により・・・入鹿は首を斬られて暗殺されたんです」

震えがおさまってきた渚。

「国吉さんの推測は間違っていたのか、足を切ったんじゃあなく・・やっぱり歴史通り首だったわけだ」

「いや・・・その考えも間違いではないのです。・・・・入鹿は忠次郎の研究成果により、頭部にすべての気管を持っていたのです」

「!!ええ!?・・・・頭に心臓とか・・あるって事?きもい・・・」

「簡単に言えばそうなります。よって・・・頭以外の体は・・歩行するだけの『足』に過ぎない」

「ムラサキカガミの呪いともされた『カガミ』の症状はその頭だけで生命を維持できるものを誕生させる為の一つの段階であった。・・・・二十歳になるまでに脳内にすべての気管の役割を果たす水を保ったまま生まれてくる事で、脳障害や狂ってしまうものも多く・・それが二十歳になるまで続いても生きているものがいれば次の段階に行く事ができるのだ。」

「それが『足を切る』ことです」

「馬鹿言うなよ・・・・あんたら・・正気か?」

金子は両手を広げて大声を張り上げた。

「今の時代にそんな頭でっかちつくって何になる!?え?そんな意味もねェ実険で人間が進化したとか・・・医学が進歩したとか・・んんな妄想だけ膨らませて・・・・猿のマスターベーションみたいにずーーっと今までくり返してきたのかよ!!」

老人二人は笑っていた。

「その猿の自慰行為も・・・・進化の一つなんですよ。動物が得た情報のクオリティとしてはレベルは高い」

「頭だけで生命を維持する事は・・・美味の林檎を作る事と同じ。余計な枝を伐採するのだ。頭だけで生き、余計な養分を体に与えない為だ。忠次郎はこの実験の成果を見届ける為にまず自分が実験体となった。当時寿命の短い日本人は十代にして、延命の夢を抱いている者も多かったのだ。まず、忠次郎は二十歳を迎え・・・若き入鹿に同じものを投与させた。入鹿は先天的な体質の為かすぐに効果が現れ・・・『孵化』に23年程で成功してしまった。入鹿の生まれた年令が不詳になっているのもそれが理由だ。」

「入鹿は水頭症の体になってはいたが、頭脳は常人のものとはくらべる事もできぬ程発達していました・・・・忠次郎が一方で行っていた製鉄業も入鹿の頭脳によってさらなる発展をとげ、忠次郎の研究費用の足しになっていったのです。・・曽我一族は大きくなっていった。・・・藤原はもちろん妬んだ。そして暗殺したわけです。単純な話です」

「首だけとなってしまった入鹿はそれでも生きていた。頭にすべての重要気管を持ち備えているからこそだ。彼はたたら製鉄に関わった人間が藤原の陰謀により苦しむのを見ている事ができなかった。・・・・・・・よって・・・・忠次郎の開発した薬品を投与し、鹿島神宮を作り・・・必要とせず腐っていく足を切らせたのだ」

金子も渚ももう話は聞いていなかった。ただこれから「どうなってしまう」のかが気になっていた。

「その研究は・・・今も我々が受け継いでいる」

二人の老人の話は終わった。

「おいおい・・もちっとイメージよく説明してくれよ。・・・・・オーソン・ウェルズの火星人じゃあねえんだぞ」

その聞き覚えがある声に金子は驚きをあらわにした。

「三月さん!!!」

三月は白衣の姿でそこに立っていた。

「どうして・・・ここに・・・・」

「金子・・・俺は事実を知って・・・・希望したんだ」

「は・・は?・・ど・・どうゆうことっすか?わわ・・わかんねっすよ」

「ここは・・・天国なんだよ・・・・・金子。いい。いい場所だ」

「そんな事聞いてんじゃねえ!!・・・・なんであんたがここにいるんだよ!!!!」

金子は涙混じりに叫んだ。

渚も状況に混乱している。

「俺はすでに国吉と会っていたんだ。そして知った。この日本は半分が監視者で、半分が実験体なんだ。・・・・・俺は監視者に回る事を希望したんだよ・・・・妻のようにならない為に・・・・すべてを捨てて」

「じゃあ・・・まさか・・・・」

「俺の死体の中身は別人だ。俺はこれから胸から孵化しなくてはならなくなったが、人体の年令調節は今、ここでは容易な事らしい。昔のように生まれてきっかり二十年の体質情報でなくともいいのさ。あとは、何も知らないものたちの孵化を見届けた後に足を斬り続ける。・・・・そして俺はぜったいに無事、孵化してみせる」

足を切られて死んだ人間達は、きっと警察やマスコミには知らされていなかったが・・・感染者だったのだ。

金子は涙をこぼした。

「ふざけやがって・・・・ふざけやがって!!」

老人の一人が優しそうな笑顔で金子と渚を見た。

「『曽我の大コウベ様』はもう頭も溶解し・・・・この水槽の中の液体の姿になったが・・・こうして永遠に混ぜ合わせる事で・・・・情報が癒着せず・・・常に生きた情報を吸収する事ができる。」

「入鹿ってやろうは・・・頭がこんなに大きかったのか?」

「水頭症といってもこんなに大きくなるわけがないだろう?良く考えてみろ。生まれてくる事さえできないじゃないか。そうなっては当時から妖怪にされてしまうよ。・・・・・・・いるか島に来ていただいた理由はそこにある・・・」

「理由・・だと?」

「死にたくはないだろう?・・・・『曽我の大コウベ様』はここから、すべての日本を作った。そして・・・大きな思考の存在となる為にまだその計画は続いている。・・・・君たちはひょんな事からここにつれられてきたわけだが・・・偶然ではない。この先・・・すばらしい監視者になり・・・『噂』の媒介者となり・・・・なんの苦労もなく『いるか島』という世界で永遠に思考を巡らせる事ができる」

「日本人は・・・いずれこいつの中に吸収される為に・・・生かされているのか?」

金子の発言に三月が前に出てきた。

「なあ、そんなに重く考えるなよ、金子。牧場と同じだよ。・・・・情報という見る事も触れる事もできない生命を・・・・感染させるんだけだよ。・・・・『噂』という形でね。そして、限られた人間だけが生き残り・・・『曽我の大コウベ様』と一つになれる。普通にやってたら50年後にやっとって事さ。でも、真実を知ればそれももっとうまくやれる事が分かった。俺はもっともっとこの世の未来を知りたいし、過去の事も知りたい。コウベ様と一つになってな」

老人が手を叩く。すると、巨大な切断機のような物が人に引かれてやってきた。

「どうだ、ぬしらも『曽我の大コウベ様』のすべての思考を知りたくはないか?・・・・もうえ期は熟した。自分の知らない、新しい自分が体内に宿っていても・・・現れてからでは遅すぎる事も分かった。逃げたそうにしているから・・・早めに足を切断し・・・『歩く』という本能を消し去ってやろう」

「きゃあああ!!」

渚は走った。

近くにいた白衣の者を突き飛ばして。

突き飛ばされた白衣は機械にぶつかり、音をたてて首が落ちた。

「逃げたぞ!!」

その落ちた首が叫ぶ。

金子はその叫んでいる首を蹴飛ばして渚を追った。

すぐに追い付き、渚の手を掴んで走る金子。

 

嘘だったんだ!!

今まで生きていた世界は・・・牧場だったんだ!!

リアルな世界で生かされる事で、リアルじゃない現実を受け止め・・・生きのびる事のできる人間を育て上げて・・・あの水の養分にするんだ!!

なんてこったい!!

全知全能の神があの水かよ!!

セツコとかいう女も・・・・結局・・・あの水が作り上げた『情報』の媒介者だったんだ!!

『噂』ってやつは、いつどこからつくられるかなんて・・・誰が考えた?

どこに消えていくのかなんて・・・誰が知っている?

知ってるやつなんていやしないんだ・・・・!!

すべてをしっていて・・・何百年も前の恨みを欲望に変えたのはあの水だけだ!!

この日本は・・・・半分以上の人間が・・・あの水と一緒に永遠に生きる事を希望しているってのか?

渚の手が重くなった。

「おい、どうした!!」

渚は真っ青な顔で皆の一つを指差した。

皆の玄関に・・・白衣姿の二人が立っていた。

金子と渚だった。

その後ろから現れたのは、渚の母親や新聞の死亡記事などで顔を見た事がある人間ばかりだった。

 

まさか・・・おれたちは・・・すでに・・・・。

 

「わかったああ?」

その声はあの声だった。

聡沢説子。

「自分が知っている事が現実だと思ったら大間違いよ・・・現実はどこにあるのかなんて・・・・・・わからないでしょ?」

「・・・・・・・!!・・・・俺は・・・」

「・・・私は・・・・・・・」

金子と渚は余りにもの恐怖で言葉がでなかった。

「現実のあなたたちはもう、この事実を受け止めて承諾しているの。走り回っているあんたたちはね、本体からこぼれたコピーにすぎないのよ。現実の歴史を壊さない為にいる現実に帰るべきクローン。」

「どうして俺たちに真実を話した!」

「・・・・・・『噂』の発端作り・・・かな。あのじいさん達のちょっとした悪戯。このまま真実を持ち帰って・・・あんた達はその情報をどうするかって事よ。」

「どうするかだって?俺はお前らに反発して生きていく!!俺たちは俺たちだ!!なあ、そうだろう?渚」

だが、渚は自分がオリジナルではなく、コピーだという事実を受け止めようとしている。

「『噂』は日常という平穏な世界で癒着しがちの情報をかき乱す、いい病気。集団でかかる病気なの。噂の中に組み込まれた『情報』は・・最適の人間の中で繁殖していく。だ・か・らぁ・・・・・・面白いんじゃない。」

「俺たちは帰る」

「ふん・・・そう。いいわ。コピーちゃんなんだもの。『ムラサキカガミ』と『カシマレイコ』の動きをとめる事はできない・・・。あたらしく『いるか島』伝説もできたわ。『噂』は生きているの。今だって繁殖しようと動き回っている・・・」

「へーーーんだっ!!コピーならコピーでいいよっ!!・・・・・・それでも・・・生きているんだもの・・・・・情報の寄せ集めなんかじゃない!!・・・・・血が通っているもの!!」

金子はまた渚を抱き締めた。

「ふん、どうせ・・・ここは『いるか島』。出てしまえばあんた達は忘れてしまう。ここで知った事は記憶に植え付けられても・・現実に見たという記憶まではなくなるのよ。そうでなければ現実に帰す意味がない。脳裏に焼かれたうろ覚えの記憶をあんた達は抱き続けるしかないの。・・・・・それとも、自分の夢を全て鮮明に覚えている事ができる?」

「ああ、覚えててやるさ。ムラサキカガミも・・・この島の事も・・覚えて死ぬまでみんなに警告し続ける。みんなが本気で忘れる努力をするまで・・・犠牲がいくらでようがこのままにしておけるか!」

「ばかね。すごく矛盾。忘れようとするまで警告し続けるなんて。ここは・・・・あなたたちの中の世界なのよ。あなたの・・・・・あなたのいるか島・・・・。そして・・・・私の・・いるか島。いわば・・・足も体も必要のない・・・思考だけでいきる事のできる場所。死んでからも・・・生きていても・・・いずれ辿り着く大きな思考なのよ」

「・・・・・・・・・・・」

「金子さん、渚ちゃん。警告。『噂』という情報の死神は・・・・そんなにバカじゃない。現実に近付けば・・・・殺す。あんた達の存在という情報をね」

金子は少しづつ後ろに下がって、一気に渚の手を掴み走った。

「いつかはあんたたちも情報に支配されるのよ!!・・・それで『噂』のアジテーターになる!!」

二人は手を強く繋いで走り続けた。

ずっと。ずっと。

気が遠くなるまで。

答えはなかった。

たたらも・・・ムラサキカガミも・・・三月も・・・・いるか島も・・・・。

ただの不鮮明な情報としてしか金子と渚には伝わらなかった。

どこまで走り続けたのか・・・・すべてが忘却の彼方に向かう感覚に包まれて・・・

いるか島をあとにした・・・・。

 

 

 

 

 

「おいっ!!!いつまで寝てるんだ!!」

突然の大声で目が冷めた少年。

あたりを見回すと、クラスの皆がこっちを見てクスクスと笑っている。

授業中に寝てしまっていたのか?

少年はよだれを腕で拭き、寝ぼけた目でよく視界を広げた。

机の前では頬杖をしながらニヤニヤしている少年が。

「なんだ・・・巧か・・・先生かと思ったよ」

「へへ、びびったろ?でも、そろそろ先生くるぜ。だりーな。休み時間の後の数学ってさ」

「うん、俺も本読んでてついつい寝ちゃったよ」

「休み時間屋上こねぇと思ってたら・・・何これ・・・ああ、今度ドラマでやる原作の小説か。」

「そそ、『Rumor〜都市伝説』。まだ途中だけどおもしろいんだぜ」

「なんだよー・・読書なんかに大事な時間使うなよ、え?若人よ」

「屋上でタバコよかいいべ?それこそ見つかったら退学だぜ。まあ・・・とにかく恐いんだよ。これ」

「へえ・・・どんなんよ」

「なんかさ、『ムラサキカガミ』とかって言葉が出てきてさ・・・」

「なにそれ・・・」

「まあなんつうのかなぁ・・・」

 

「かよ子ーー見て見てこれ」

「どしたの?その鏡。きれい」

「加藤先生からもらっちゃった♪外国のお土産なんだけどさ。」

「いいなぁ・・・すごいきれいじゃん、紫って」

「なんかね、骨董品やで見かけて買ったから値が上がるか持っていってたの。それくれるなんて、太っ腹よねぇ」

 

休み時間終了のチャイム。

ざわめきが次第に静かになる。

少年は呼んでいた本を机にしまい、少女は紫色の鏡をバッグにしまう。

「おおい、休憩終わったぞ、授業の用意しろ」

男の教師が入ってきた。

みんなが意外な顔をする。数学の教師が来るはずが、クラスの担任が来たからだ。

「柿田先生は本日はおやすみ。自習に・・と思ったけど、このまま長時間ホームルームにする。いいな。」

みんなの喜びの歓声が一気に教室中に広がった。

「それでなぁ、今度の修学旅行の予定のプログラムができたから、配るぞ」

また、みんなざわめき始めた。

「はい、静かに。今回は学年主任の加藤渚先生が場所を選んだんだ。・・・一生思い出に残る場所に決まったからな」

プログラムは修学旅行の行き先を大きくタイトルにしていた。

 

『私のイルカ島』

 

 

 

 

 

 

 

 

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