幻想住人録

 

 第6話

 

「実在するって・・・?・・・国吉さん。その島は実在するんですか?」

金子は自分の記憶を辿ってみた。あいにくそんな島は聞いた事がない。

「三重のレジャーランドに同名の場所があるが・・」

猪山の言葉に首を横に振る国吉。

「50年に一度、人間が見れるかもしれない・・・・無人島です」

渚はハッと気がついた。

「千葉の海岸から見えた・・・へんな島の事かも・・」

渚の言葉に金子が驚いたような反応をした。

「それ、なんで言ってくれなかったんだよ!?島なんて見たの?」

「だって、・・・そんな島が関係あるとは思わないじゃん!!」

猪山が二人の会話を手で遮った。

「その島に・・・・・一体何があるんです?」

「・・・・・・・・・なにもありませんよ・・・おそらくね」

国吉は激しく咳き込み、背を丸めた状態で言った。

「私はそこまで知る権利がない・・・・無事50歳で死ねれば・・・・もうあの島へ行かなければならないという恐怖とも・・・」

激しく咳き込み、喉に痰をからませたような音をたてる国吉。

「大丈夫ですか?国吉さ・・・・」

金子が国吉の肩に手をかけると、なにか人間の肩とは別の感触を感じた。

そういえば変だ。

この人はなぜ伊集院の研究に関わっていたんだ?

単に研究者としての血が騒いだだけか?

いいや・・・・きっと国吉は・・・・・・研究に加担する事により、何かから逃げるし油断を考えていたんじゃ・・。

部屋の時計が十二時をさして、ボーンボーンと鳴った。

と、同時に教授の部屋にあったレコードが勝手にかかる。

外国人の少年合唱団のバースデーソングだった。

一際大きな咳きをしたと思うと、国吉はその場に倒れた。

「きゃっ!!」

渚が怯えたように金子にしがみついた。

猪山が確認する。

国吉は絶命していた。

渚は口元を押さえて震えていた。

金子がうつ伏せ状態の国吉を仰向けにする。

国吉の胸元は紫色の液体で滲んでいた。

金子は国吉のシャツを引き裂いた。

 

国吉の胸部は昆虫のような節が多数あり、その隙間から大量の紫の液体と、異物がはみ出ていた。何をしたわけでもなく、自然にその異物は国吉の胴体の節を押し広げながらトロリと流れ落ちた。

それは、とても頭の肥大した・・・・小さな国吉自身だった。

 

金子、渚、国吉はその場の凍り付いた時間の中で、ただかたまっていた。

国吉だけは永遠にかたまっている事になるのだが。

悪夢のような現実なのか、リアルな悪夢なのか・・・。

「・・・・・・『カガミ病』・・・・・」

金子は虚ろな視線でその異様な光景を見下ろしていた。

「金子・・・・・・国吉は・・・・今日が50歳の誕生日なんだ・・・・」

「・・・・・どういう事なんですか?・・・・まさか・・・猪山さんはそれを知っててここに」

「どうやら・・・『カガミ病』とされているものは・・・・2段階の変化があるようだな・・・」

「2段階・・・・・」

「二十歳で、命が長らえれば、50まで胸の中に『こいつ』を入れたまま普通に生きる事ができる。やがて、二体の体の相互作用で様々な病への免疫ができる・・・・。次に50になると・・・・また次の変化が現れるんじゃないか?生き延びる事ができればだがな。途中で胸を割ったり、飛び出てきた者は死が近いのだろう。」

「国吉は失敗した・・・いや・・・死を望んでいましたが・・・」

「そうだよ・・・生き延びたら・・・あの島へ行かなくちゃならないって言ってたよね・・・」

「・・・・・・・いるか島に・・・。・・・おい、金子、板橋に連絡して母親も署にお連れしろ!家族全員保護するぞ!!」

金子は板橋の携帯電話にかける。

「もしもし、金子だ。何か異常はないか?」

金子は眉をしかめる。

「板橋?」

「足・・・・・・・いるか?」

「オイ・・・悪ふざけは・・」

「足・・・・・いるか?」

「お前・・・・・・誰なんだ?」

金子の様子に異常を感じ、猪山が金子から携帯を奪い取った。

「もしもし!」

しかし、猪山が代わった時はすでに相手の電話は切れていた。

「なんてこった・・・・」

「ちょっと、刑事さん!!・・・なによ!?家で何かあったの!?」

金子はテーブルに置いたスーツを掴んだ。

「猪山さん!署の方には・・・」

「ああ、ここは俺が何とかする。・・・そっちは頼む。」

猪山の言葉が終わるか終わらないかというところで、金子は部屋を飛び出した。

渚がそれを追う。

「おい!!」

猪山の止める声が後ろで聞こえたが、渚の耳には何も入っていなかった。

 

金子の車に強引に同乗し、二人は加藤家に向かった。

不思議にも誰一人として歩いている姿を見ない。

暗い道路に鮮やかに輝く信号が、ゆいいつ「動」の存在だった。

あとは冷たい灰色の夜空にシルエットだけを幽かに立たせる、ビル群と黒いアスファルトの道路だけが道しるべとなった。

 

加藤家は、窓から明るい明かりが洩れていた。

それが渚を安心させた。

到着すると同時に車を降りる。

 

たったったっ

 

渚が、玄関の門に手をかけようとした時に、数十メートル先の暗闇から足音が聞こえた。

渚はなぜか、その足音を無視できなかった。

暗闇に目を凝らす。

金子はそんな渚を押しのけ、門から入り玄関のドアを開けようとしていた。

足音はすぐ近くまできていた。

しかし、数メートルまで迫っているのに、そこはなぜか闇だった。

渚は動けなかった。

闇の中から幼女が顔を覗かせた。

「ひい!」

渚は、その幼女の顔を見て思わず悲鳴をあげた。

暗闇から突然顔をだしたその幼女は、大きな頭を持ち、真っ赤な口を笑ったように開いて、目は左右ともあらぬ方向を見ていて、鼻からは何かどす黒いものが流れていた。

そして、両手を前に突き出して走ってくるのだ。

「どうした渚ちゃん!!」

おびえる渚に向かって、その幼女はぶつかってきた。

そして、すぐにそのまま闇の中へと走っていった。

渚はその場で腰を抜かし、震えていた。

「渚ちゃん!?」

「今の女の子・・・見た?」

「??」

金子には何も見えなかった。

渚は2度目の悲鳴をあげた。

自分のはいているジーパンの右足の部分に、血のようなもので線が引かれているのを見た。

 

金子と渚が家に入ると、中は特に何も荒らされた様子はなく・・・・しかし、板橋も渚の母親もいなくなっていた。

ただ、ものすごく部屋には異臭が充満していた。

「なんなの・・・この臭い・・・」

「板橋!!板橋!!!」

渚が臭いの元を求めてキッチンへ向かった。

「刑事さん!!金子さん!!」

キッチンから渚の呼ぶ声がし、金子は拳銃を握って向かった。

そこには脱ぎ捨てられた下着があった。

下着は乱暴に脱ぎ捨てられ、どうやら異臭の原因はその下着に付着した排泄物から漂っているようだった。

金子はトラウマになっている過去が少し頭をあげてきた。

「お母さん・・・・」

渚はその場に立ち尽くした。

突然、渚は視界が闇に覆われた。

「きゃっ!!」

突然やってきた闇は、渚にとって冬場の水よりも心臓を凍り付かせた。

「渚ちゃん!!どこだ!?」

すぐ近くで金子の声がした。

渚は声をだそうと思っても思うようにでなかったので、両手を声のする方に伸ばした。

「刑事さん!どこよぉ!?」

渚は両手を振り回し、金子を探した。

そして、ようやく渚は手で彼の手を掴んだ。

手は男のものとは思えない程小さかった。

 

金子は電気のブレーカーを落とした犯人が近くにいると感じ、両手には拳銃を構えていた。

渚を過って撃ってしまわないように、慎重に気配を伺った。

声を出しては相手にも居所が分かってしまう。危険だ。

手探りで渚を探した。

犯人を掴んでしまえばそのまま拳銃を突き付ける。

渚であれば体格で分かるはずだ。

金子はまったく光のささないキッチンの冷たい床を抜け、カーペットのような感触を足の裏に感じた。

拳銃を片手に持ち、銃口を上に向けさせ、もう片方の手は闇の先に伸ばした。

何も触れない。

こんな状況なのに、金子はまた嫌な事を思い出した。

 

金子の通っていた小学校では、授業中にトイレに行くと幽霊に出会うという噂があった。

もちろん子供達の間でしか伝わってはいないし、見たという人間もいなかった。

金子は授業中に腹が痛くなって、嫌だったがトイレに行かせてもらった。

昼間といえど、旧校舎と新校舎に挟まれたプレハブにあるトイレは、ほの暗く、嫌な静けさがあった。

しかし、金子は一瞬で不安が吹き飛んだ。

タイルの床の上に赤いバッグが落ちている。

女性が持つような小物を入れる為の小さいバッグだ。

金子は何の疑問もなく素早くそれをジャンパーの腹の中に押し込んだ。

トイレの中にも誰も入っている様子はない。

きっと中には財布とか小物がいろいろ入っているに違いない。

これで、欲しかったプラモデルが買えるかもしれない!

金子はバッグの中身はまだ見ず、急いで用を足し、教室に戻った。

その後、金子が入ったプレハブのトイレの掃除用具入れから、その学校の女の先生の首吊り死体が発見された。

金子は物凄く嫌な予感がして、走って家に帰り、自分の部屋で、トイレで拾った赤いバッグの中身を見た。

ブランドものの財布が入っていて、中からは千円冊7枚と小銭が少し。

そして、自殺した女の先生と、誰かが映っていたであろう写真のちぎられた破片がたくさん入っていた。

金子は幼心にだがこの写真の相手が何かの原因になっている事が分かった。

そして、手帳を見つけた。

中には

 

死んでやる

死んでやる

死んでやる

呪ってやる

死んでやる

死んでやる

死んでやる

死んでやる

呪ってやる

呪ってやる

呪ってやる

呪い殺してやる

 

金子はそんな過去をなぜか思い出してしまった。

忘れようとして必死だった。

それを知ってしまった事により、死者の呪いは自分に降り掛かるのでわないかと恐れたからだ。

金子は幼い目で見てしまったのだ。

女の先生の首吊り死体を。

警察がトイレのドアをこじ開け、先生が生徒たちが入らないように両手を広げる中をかいくぐり、興味というだけで、そのまだ知るには早かった『物体』を見てしまったのだ。

死の臭いを漂わせ、目は飛び出るように見開かれ、鼻と口からピンク色の液体が泡だち、土気色した『物体』を。

その時に苦しみの為に出たものか、女の先生の足には排泄物が垂れ流れていた。

その臭いと同じ、排泄物だけではない、吐瀉物などもまじった臭いがここに漂っている臭いと同じなのだ。

金子は現実世界に戻り、ひどく暗闇が恐くなった。

多少の迷いがあったが、金子はポケットに入っていたライターに火を付けた。

 

暗闇に物凄い形相の女が浮かんでいた。

顔は死んだ女の先生の顔と似ていた。

ごくり。

金子は目を大きく見開き、自分が唾液を飲む音を聞いた。

火の熱で親指がちりちりと熱かったが、それが夢や、脳裏に焼き付いた記憶の幻視でない事を教えていた。

女は首を斜めに傾け、長い舌を半分噛みちぎっていた。

これは悪霊なのか。

金子は絶叫をあげた。

絶叫に応じるように、その女は金子に向かってのしかかってきた。

すでに生命のない、金子を見ていない瞳が眼前に迫ったところでライターの火が消え、重さと死臭がだけが襲いかかった。

「わああああああああっ!!!!!!!!」

金子はのしかかる女を手ではね除け、抜けた腰を引きずりながらその場から遠のこうと必死だった。

突然その場で電気が付いた。

金子は恐る恐る先ほどのしかかってきたものを見た。

それは、渚の部屋に置かれていた大きなぬいぐるみだった。

先ほどの死臭も人間のような重みも、金子が作り出したものなのだ。

幻覚といえど、現実の五感をも狂わす強力なものであったのだ。

金子は我に帰って、渚を探した。

しかし、もう家の中に金子以外の人間はいなかった。

電気のブレーカーを落とした人間が渚をさらったのか!?

それとも、渚は外に逃げたのか!?

「かねこさん・・・」

金子は聞きなれた声なのに、心臓が飛び出す程驚いた。

気が付くとキッチンの入り口に板橋が立っていた。

体を細かく痙攣させている。

「楽しいでしょ?・・・こういうスリリングな刑事ものとか好きでしたよね、金子さん」

「・・・・・板橋・・・お前だったのか・・・」

「へ?・・・・何が?」

板橋はへらへらとした表情で頭を揺らす。

白いシャツの胸元が紫色のシミで汚れている。

「・・・・その胸」

「ああ・・・これすか?」

板橋はシャツを両手で裂き、胸を現した。

胸には複雑な紋様ができていて、紋様の部分は板橋の呼吸と共にわずかに開閉して、そのたびに紫色の液体が滲む。

紋様の真ん中には何かが浮き出ていた。

それは顔の凹凸にも似ていた。

国吉の末路を思い出す。

ジージー!!

胸の亀裂の間から音が聞こえた。

「お前もよう・・・・・なんだよ・・・それ・・・・」

「金子・・さん・・・本当はね、俺の方があんたよりも人生経験では先輩なんだよ。」

その声は板橋の胸から聞こえた。

「まぢかよ・・・お前まで・・・・『カガミ病』に・・・」

ばりっ

胸の凹凸から、紫の液体にまみれた物体が突出した。

それは・・・少し肥大した板橋の顔だった。

「人はただ成長すればいい訳じゃないんだよ・・金子さん。・・・・・以前の自分をはるかに超越してこそ・・・成長・・・・いや、進化といえないか?」

板橋の顔、声。

だが、その声を発しているのは、板橋の胸から生えたもう一つの板橋の顔だった。

もはや本体であるはずの板橋の顔には昆虫のような機械的な口の開閉と、小刻みな痙攣しかしていなかった。

「板橋・・・・俺を騙していたのか?・・・・お前はすべてを知っていたのに・・俺に」

「ちょっと待ってよ。人聞きが悪いなぁ。・・・・何を知ってるって?・・・あんたも何か分かってるのか?・・この日本は元から『おれたち』と『あんたたち』しかいないんだぜ」

「もう意味わかんねぇよ・・・板橋よぉ・・・」

「・・・・嘘から出た・・真だよ・・・。」

板橋の本体の生えた顔は口から紫の液体を吐き出した。

「ああ?・・・・おい・・・板橋!!」

「人の言葉が・・・恐れ・・・喜び・・・悲しみを呼ぶなら・・・それが人間を進化させる鍵なんじゃないか?・・・・人間に喜怒哀楽をもたらす言葉があるなら、音とか、言葉の組み合わせ自体が、人間の感覚や記憶、生体進化を呼び起こすキーワードになる言葉もあるんじゃないか?・・・・・『おれたち』は言葉から生まれたんだよ。憎む言葉、怨む言葉。」

「そうか・・・・・・・・・・・・お前は・・・曽我一族の医者・・・・本人なんだな」

板橋は答えるでもなく、小刻みに震えていた。

「長く生きたよ。言葉という媒体を使って。人から人へ、歴史を生きた。自分という存在が言葉というものなら、今から数秒で異国にも行く事ができるんだ。ほら、こんなに便利なものもある」

板橋は家の電話器を指差した。そして板橋は続けた。

「言葉はどこから生まれた?・・・それを誰に学んだ?・・・・一つ一つの『言葉』をすべて何かから伝染されたとは思わないか?」

金子は拳銃を板橋に向けた。

もちろん胸の顔にだ。

「金子さん・・・そもそも違うんだよ。あんた真実を追う為に刑事なんてやってるんだろうけど・・・、真実なんていくらでも作れるんだ。作られたシナリオの上で、物語が形作られてノンフィクションのストーリーになるんだよ。あんたの憧れの刑事ドラマもそう。言葉からイマジネーションされた偶像に過ぎない。ならば・・・この現実もすべて言葉から作られたイメージの産物なんじゃないか?」

「いーーーたーーーばーーーしぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!!!!!!!」

「すべては誰かの頭の中で起こった、言葉という細胞と細胞同士が作った濃厚なストーリーなんだよ」

板橋の胸の顔の額に、金子の弾丸が穴を空けた。

板橋はその場に倒れた。

荒い呼吸の金子。

金子はもう2発、板橋の体に弾丸を撃ち込んだ。

「この話・・・いつ終わるんだよ」

 

 

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