いるか島 第5話
カガミ病。
現在、日本全土で恐れられている奇病。
名前の由来は、感染者の胸部に蝉の発声気管のようなものが現れるのだが、この奇病が最初に確認された土地の方言では蝉の発声気管を『かがみ』というところからつけられた名称である。
また、なぜか秋田の古老たちはそれを病ではなく、『ムラサキカガミ』という祟り神の呪いだと考えている。
ムラサキカガミは蝉の邪神であり、この呪いの声を聞けば成人する前に呪いで死ぬ事となる。
その為、善の蝉の神が夏に無数の蝉を鳴かせ、ムラサキカガミの呪声を人々に聞かせないようにしているのだという。
ムラサキカガミの忌まわしい声が響く限り、地の中で眠っていた幼虫は木にのぼる。そして、殻を破って短い一生を、人々を呪声から守る為に費やす。
カガミ病は二十歳前に発病するもので、胸にできた気管を自分で切り開こうとして死亡するというケースと、突然、自ら命を断つという自殺行為を症状に持つ。
秘密裏にされていたが、数多くの自殺者の中のほとんどに、この『カガミ』が確認されている。
加藤家では板橋と母親が、非常にむずかしい時間を過ごしていた。
なにが難しいかというと・・・
「遅いなあ・・金子さん・・・・もう!!俺だって刑事なのに!!」
「そうよ!私だって心配しているのに電話一つよこさないで!!」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
お互いがイライラを溜めていたようだ。
「ええと・・・旦那さんは?」
「夫はこんな時なのに・・・・泊まりで残業ですって」
板橋は立ち上がって白い手袋を付けた。
「それは残念です。・・・せっかく、御両親共々と思っていたのに」
「は?」
ジーーー!!ジーーー!!!
こんな時季なのに蝉の音が聞こえてきた。
それは板橋の胸の辺りから聞こえてきた。
母親の首に白い手袋をつけた板橋の手が絡んだ。
「国吉さん・・・カガミ病が・・・鎌倉幕府の時代からあったという事ですか?」
「ええ・・・そうです」
「カガミ病の事は詳しい情報は世間では公開していません。・・・・だから、ワクチンの開発もどれだけ進んでいるかもわからない・・・。だが・・・この連続殺人に関する事はまったくみえてこないのですが・・・。いや、すいません、刑事という職業柄・・・・他の事にはあまり・・」
「他方面からプロファイリングできれば・・・・それにこした事はなかろう?」
低い声が室内に響いた。
ギョッとして振り向く金子たち。
「あーーーーっ!!質問ジジイ!!」
「こ・・こらっ!!って・・・・・猪山さん・・・・いつからそこに」
猪山は扉の所に立って本棚に寄り掛かっていた。
「金子が教授の話を聞いて・・・頭がこんがらがっている時からだ」
「ちょっとーー、金子さん、あたしの事はめたーー?」
「ち・・・違うって・・・このオッサ・・・・猪山さんが勝手に・・いや・・・心配して・・・」
猪山はどかりと近くの椅子に座った。
「さすがという言葉しかありませんよ。国吉生物学『元』教授・・・・・」
「・・・・・・・・」
国吉は押し黙った。
「どういう事ですか?猪山さん」
「・・・・だからお前はいまだに新米扱いなんだよ、金子」
「は・・・はぁ・・・」
「この方はなぁ・・・民俗学教授なんてやってるタマじゃあないんだよ」
国吉は今まで一本も吸っていなかったのに、突然懐からタバコを出して火を付けた。
「この件は・・・私は無関係ですよ、刑事さん」
金子はまたもや混乱した。
「国吉教授は生物学者の方が・・・・本業なんだよ」
「・・・・・・・え?」
「今は民俗学一本です」
「そいつは失礼・・・数年前はお世話になりましたねェ教授。伊集院尚史の件では・・・」
「・・・・・・どういう事なんすか?国吉さん・・・。伊集院尚史って・・・確か・・」
「そうだよ、2年前の銀行強盗殺人事件で逮捕され、監獄で突然死した男だ・・・。伊集院尚史は・・・この大学で数年間、生物学の研究をしていたんだ・・・・・この国吉教授とな」
金子は国吉を見た。
「そうですよね、国吉さん。あなたは、その事実をずっと大学側で隠蔽してもらい・・・警察が事実を知らないものと思っていた」
国吉の額は汗ばみ、目は泳いでいる。
「『カガミ病』と『足切り殺人』の関連ぐらい・・・・警察はわかっていたさ・・・。しかし、その繋がりができるまでの歴史をここで聞けるとは思わなかったがな。」
渚は口をポカンと開いて、ただその光景を見ていた。
なんだか知らないが、本格的にテレビドラマのようになってきた気がする。
「・・・・私達は・・・・ただ、呪いを食い止めたいだけだったのだ」
国吉は幽霊のような声で呟いた。
「ある日、伊集院に呼ばれ、彼の家に行ったんだ。彼の家で見たものは・・・水槽に入っていた上半身だけの少女だった・・・。話を聞けば、彼女は遺伝によって下半身が腐り落ちる病に侵されていたらしい。これは、たたらの血族が受け継いでしまった永遠に続く病だったんだ。製鉄業者は足や目を患い・・・医者にかかる。この医者は・・・イギリスで多くの学を積み・・・・ある実験をしていた。しかし、その実験で一つのウィルスを開発してしまったのだ」
「それが・・・下半身が腐っていくという病・・・・」
金子の声が震える。今まで話していた事とは全く違う事実を、猪山によって暴かれた事が悔しかった。
「当時・・・伝染病が鹿島を汚染するという、ある僧の占いが村では広まっていた。それをいい機会とばかりに、その病は、たたら製鉄に関わったものが持ってきたものだという噂を広めたんだ。・・・・・噂はすぐに広まり・・・ちょうど、職業病で足を患う事の多かった、たたら製鉄業者たちは・・・・病気を運ぶ忌み人とされ、村からも避けられた。この医者はさらに、動かない足を診せに来る患者にそのウィルスを投射したのだ・・・。こうして、たたらから病が広まり・・・たたらは村をおわれ・・・一部の者たちは残ったが・・・ほとんどの者たちは全国に散っていった」
「そんな昔にすでに生物兵器が日本を襲っていたのか・・・」
金子は信じられない話を、まるで物語でもきくかのように次を待った。
「僧侶の予言が的中し・・・鹿島は災厄に見舞われ・・・悪疫祓いの行事を行った。その時、古来から伝わる念仏踊りの流れをくんだ踊りをおこなった。それが・・・現在でも知られる『鹿島踊り』なのだ。この踊りの歌詞も見ればわかるのだが、地方によっては『たたら』と歌詞に入れているものもある」
「それだけで済めば良かったのにな・・・」
猪山の意味深な言葉が入る。
「そう・・・それで済めばよかったのだ・・・。村びとはそのついでに・・・すべての災厄を・・・たたらになすりつけたのだ。・・・・・・そして、『鬼やらい』である・・・・今でいう節分の儀式が行われた。鬼役はもちろん・・・たたら製鉄に関わった者たち・・・。その家族までもが巻き込まれた。・・・女は赤鬼・・・・男は青鬼・・・。次第にエスカレートしていき・・・彼らの声を聞いただけでも病に感染すると考えられた。村人は耳を塞ぎ、彼らを捕らえてその喉をかき切った。」
渚は痛そうな表現に顔をしかめた。
「そんなの信じられない!」
「そう・・今では信じられない事でも・・・昔は信じる事しかできなかったのだ。喋る事ができなかった彼らは・・・毎夜苦しみのうめき声をあげた・・・・・。いつしかその者たちも村を出て・・・・各地域でも・・・一つ目小僧や一本たたら、鬼、などと呼ばれ・・・忌まれた」
「その医者が悪の権化じゃねぇか」
「そう・・・この医者・・・曽我忠次郎が・・・現代に病を復活させた本人・・・・」
「曽我・・・・・滅びたはずじゃないのか!?」
「曽我一族は・・・たたら製鉄業に深く関わりを持っていたが・・・一方では薬師としての知識も持っていた・・・。遥か昔から・・曽我一族は・・・・死んだ細胞を蘇らせる薬品を開発していたのだ・・・」
「死体になっても害をなしたって伝承は・・・あながち作り話ではなかったって事か?」
頷く国吉。
「曽我忠次郎は鹿島を去り・・秋田に渡った。そしてそちらの研究も怠らなかった・・・やがて、形としては変わったが・・・ある意味、死んだ体を捨てて新しく生まれ変わると言ってもいい実験結果を自分のものにした。・・・・・・・・それが・・・・『カガミ病』と呼ばれているものだ」
「!!!曽我一族は患った足を蘇生させる為に研究していたのに・・・その医者はそれを別に利用してやがったのか・・・」
猪山は明らかに医者に怒りを抱いている口調になった。
「名前の通り・・蝉のように抜け殻を残して新しい、どんな病にも打ち勝つ体を取り戻す。と、そのはずだったが・・・。村の子供を持つ者たちは、我が子にとその薬品を欲しがった。そうして薬品の投与をされた子供達は、病にかかっても・・・ある時期を過ぎれば、それを克服すると同時に、抗体を持った体に生まれかわれたのだ。その時期とは二十歳」
「それまで生きる事ができれば、もっと生きる事ができたってわけか」
「しかし・・・蝉の一生は・・・成虫になってからが短かった。二十歳を迎えた子供達は一週間と待たずに・・・中には一日と持たずに死ぬものが出た」
国吉は咳き込み、喉の奥から乾いた声を出した。渚が背中を摩る。
国吉は渚に礼を言うと、湯飲みに入った冷めた茶を喉に流し込んだ。
そして続けた。
「医者はそれさえも・・・たたらの呪いにしたわけだ・・・・・祟り神ムラサキカガミのムラサキとは・・・・青鬼である女と、青鬼であった男の色を足した色だ。こうして、たたらの一族は鹿島では滅んだ・・・・かに見えた」
「まだ別の地域に逃げた者もいるしな」
「そうだ。秋田のナマハゲの行事も・・・これが起源になっているのではないかと私は思っている。足にできた『ナモミ』という紫色の痣を剥ぎ取りに来るというのが・・・少々『足切り殺人』を連想させないかね?こちらは、色は逆で男が赤・・・女が青になっているがね。秋田の男鹿半島の『鹿』と鹿島も関わりがあると思っているよ。佐賀県の鏡神社の祭神である、息長足姫(オキナガタラシヒメ)も関係があると見ている。・・・・全国に呪われた一族が散って、なんらかの災害をもたらしたと共に、祀られているわけだ。」
「ねぇねぇ、ちょっと・・・じゃあ・・・・イルカジマは??」
「入鹿と鹿島を足した言葉だろう?」
「いや・・・金子さん・・・それは違いますよ」
「え?違う?」
「いるか島という島が実在するのです」