いるか島 第3話
渚は自宅の自分の部屋で、ベッドに潜り込んで震えていた。
昨日まで一緒に海を見に行っていた柳が・・・・。
理由は?
渚は今朝かかってきた柳からの電話の内容を思い出していた。
「いるか・・・じま・・・」
柳はそういっていた。
知らない人物から「いるかじま」を見たのか訪ねられて・・・その後・・足がなんとかって言ってた。
つまり、柳さんは何かの理由で『足切り殺人』に巻き込まれたんだ。
そのキーワードが「いるかじま」。
そして、今日見た飛行船にもイルカの絵が。
・・・・まさか・・・昨日見たあの島の事?「いるか島」ってこと?
渚はベッドから体を起こした。
私も見ちゃったよ・・・あの島。
でも・・・なんでイルカなの?
母親の呼ぶ声が階下からした。
渋々だが、よく考えてみれば一人で部屋にいるというのも恐ろしく感じていたので、足早に階段をおりる。
「渚、あんたなんかあったの?バイト休んで出掛けたと思ったら青い顔して帰ってきて・・・・部屋にこもりっきりだし」
「ううん・・・なんでもない」
「あんたに手紙よ」
渚はなんの飾り気もない茶封筒を母親から受け取る。
「ちょっと気を付けてね。さっき近所の方から聞いたんだけど・・・飛行船から死体が降ってきたらしいじゃない。こんな近くの街で例の『足切り殺人』みたいよ。バイトしばらく休んだらどう?」
「わかってる」
茶封筒をその場で切って開けた。
「やああああああああっ!!!!!」
渚は腰をその場で抜かした。
「ちょっと・・・渚!?」
床に落ちた紙を拾う母親。
それはどこで入手したものかは分からないが、足を切断されて汚れた床に転がっている「渚」の写真をプリントアウトしたものだった・・・・。
S警察署。
「金子さん、ちょっといいすか?」
派手なスーツを着た若い刑事が、パソコンの前で眉をしかめている金子の耳もとで言った。
金子は周りの様子を伺って、静かにデスクを離れた。
「どうした板橋、なにか新しい情報が入ったか?」
板橋と呼ばれた若い刑事は下唇を嘗めながら慎重に話すタイミングをはかっている。
「『足切り殺人』の犯人らしき人間から・・・脅迫を思わせる手紙が届いたっていう親子が今来ていますよ」
「まぢでか?」
「猪山さんが今話していますよ」
金子は溜め息を混じらせて唸った。
「あの人か・・・だめだ、三月さんとは違って頭堅いからなあの辺の古かぶは。・・・・よし、玄関で待ち伏せよう。どんな親子かわかるか?」
「ええ、見ましたから。自分も一緒に待ってますよ」
「頼む、わりーな」
玄関では金子と板橋が会話をしているように見せながら、親子の通るのを待っていた。
やがて、分厚い眼鏡に、頭髪が薄い猪山と数名の警官によって見送られる母親らしき人物と、高校生らしき少女が来た。
母親は車で来たので、と言うと親子だけで警察署を出た。
猪山が戻るのを確認すると、金子たちは急いで親子を追った。
親子が車に乗る手前で金子が声をかけた。
理由を説明すると母親と娘は安堵の溜め息をこぼした。
娘は緊張がほぐれたかのように喋り始めた。
「話が分かる刑事さんでよかった・・・・あの猪山とかってオッサンさ、全然関係ない事ばっかしつこくいろいろ聞いてくるから帰ってきちゃったんだ。警察が保護するって言ってたけど・・・今、ただでさえ神経がまいっちゃってるからさ」
「だよね、あんな剥げがかったオッサンが家に入り浸っても困るものね」
金子の言葉に娘・渚は微笑んだ。
「なんか、こっちが犯罪者みたいだったし・・・・また何かあったら連絡しますって言って出てきちゃった」
「猪山さんだもの・・・絶対にお宅の自宅は警察の目で固められますよ」
板橋は猪山の事が嫌いだったらしく、まるでストーカー扱いだ。
「ここではなんですから・・・家の方に」
母親の言葉で金子たちは加藤家に行く事となった。
「・・・・・いるかじま?」
渚の口から出た不思議キーワードに金子と板橋はすっとんきょうな声をあげた。
「ええ、柳さんが殺された朝に電話で・・・」
金子はまた不思議なキーワードが出たものだと感じた。
「金子さん、これ、本当に俺らが追っている『足切り殺人』と関係があるんでしょうか」
板橋がペンで眉間をつつきながら言った。
「コピー殺人・・・お前もそう思ったか?」
「ええ・・・あまりに繋がりがないし・・・今回はちょっと・・・私怨のような気がします」
渚は板橋を睨む。
「それって、私が柳さんと二人で海に行ったから恨みをかった・・・とかですか?何もしてないっての」
「いや・・・そういうんじゃなくってね・・・・あの」
板橋は少し焦っている。不謹慎だが金子はなんだか笑えてきた。
「ちなみに柳さんに付き合っている女性は?」
金子が渚に問うと、板橋が自分のスーツの胸ポケットから手帳を出した。
「もちろん僕、調べておきましたよ・・・ええと・・・聡沢説子18歳ですね。無職ですね、現在」
「ずいぶんと歳が離れてるなぁ。柳さん犯罪だわ・・で、そんだけ?顔写真とかないの?」
「あのですね、僕達は・・・・ちょっとした理由で・・・署には秘密で動いているわけなんです。だからぁ、調べられる事も限界があるの。派手に動いて目立てないんです」
板橋の説明で渚も納得しているのか、納得していないのか。
「娘に来たあの手紙というか・・・あれは・・・」
「すいません、それ・・・今あります?」
「いいえ、警察の方に」
金子は現物を見てないのでなんとも言えなかった。
「まあ、渚さんの足なし死体となんて画像はあれですよ・・アイコラってやつですよ」
「ア・・・アイコラ?」
母親は聞いた事ない言葉に高い声で聞き返す。
「まあ、別の画像に渚さんの顔を挿げ替えた・・・みたいなくだらない遊びですよ」
「・・・・・ふーん、それじゃさ、その足なしの体の写真は持っていたって事だよね、その送って来た人」
渚の言葉は金子たちの未熟さを指摘していた。
「・・・・・・私怨では・・・ない。他にも女性の犠牲者をどこかで作っている・・という事か」
「金子さん、その写真、今まで出た犠牲者の服とかと一致しているかもしれませんね。もしそうでなければ新たな死体がまだどこかに・・・」
金子はそれよりも引っ掛かっていることを渚に聞いた。
「渚ちゃん、飛行船にイルカの絵って言ってたよね。足の生えた。それって見覚えある?いや・・・すぐにその目撃されたっていう飛行船は消息を断ってるんですよ」
渚は目を丸くする。
「飛行船なんてそんなに早く動けるわけないのに。まぢで?・・・・えっとね、絵は知らない。だけど・・・やっぱ関係あるよね。電話のイルカジマって言葉と」
「電話の内容、詳しく覚えてる?」
渚は覚えている限りを話した。
金子と板橋とはしばらく無言になってしまった。
そして、金子は三月のダイイング・メッセージであるテープを親子に聞かせた。
「・・いやだ・・・気味が悪いわ・・・」
母親は青い顔になった。
「同一犯・・・・じゃないの、やっぱ」
渚はぼそりと言った。普段は言わない言葉だけに、まるで刑事ドラマみたい♪なんて少し頭に過る。
「これは・・・無差別な殺人なのかも知れませんね。三月警部は深読みし過ぎていたわけで・・・でも偶然犯人のすぐ近くまで辿り着いたんじゃないですかね」
「板橋、推測だけで決めちゃだめだ。三月さんはきっとなにかもっと重要な事を見つけたから・・・こうして俺たちにメッセージを残したんじゃないか」
「それにしても・・・」
渚は何か気になっていた。
「この声って・・・・なんか変だよね。男なのか女なのかわからないっていうか・・・・」
「ああ、ボイスチェンジャーとかで声は変えているんですよ」
「柳さんも男か女か分からない声だって言ってたし。間違いないね。・・・連続殺人鬼は、今狙っているのは・・・私なんだね」
渚が目に涙を浮かべて声を震わせた。
金子は震える渚の手を握った。
「君とお母さんは俺たちが絶対に守ってみせるから!・・・うっとうしいかもしれないけど・・・警察の監視&俺たちのボディーガードで・・・犯人を近付けさせやしないよ」
「そうか!」
渚は手を握られたまま声を突然大きくした。
「単純な事なんだ・・・・。足いるか?で・・・イルカなんだ」
「へ?」
「イルカについていた足は・・・人間の足だったもの・・・イルカの調教師とか犯人くさくない!?」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「ま・・まあ、イルカ関連も調べておくよ」
板橋が沈黙を撃ち破った。
「でも、金子さん、カシマレイコのキーワードは今回は関係ないみたいですね」
「ああ、今回はイルカだな、まったく、踊らされちまっているのか、俺たち」
「ん?ちょっとまって!!今、カシマレイコって言った?」
渚が板橋と金子の会話に反応する。
「い・・え?言ったよ。心当たりある?」
「だって、一応少しは女子高生やってたんだよ、学校の怪談くらい知ってるっての」
「そんなに有名な都市伝説なのか・・・・」
「なんだぁ、だぁから・・・足を取るのか・・・・」
感心している渚。先ほど浮かべた涙はどこへいったのか。
「学校の怪談の情報に詳しい人間が犯人って考えると・・・学生に絞れますね」
「そうともいえないぜ板橋。三月警部もそのへんの調査はしていたようだ。娘さんの学校でも聞き込みしていたしな。・・・・怪談を調べていた人間が・・・茨城の鹿島神宮まで飛んでいる。その都市伝説・・・もっと深く追求してみる価値があるな。・・・・よし、板橋、お前ここ残れ」
「ええ!?金子さんは?」
「俺は某大学の民俗学の教授に会いに行く。」
「私も行く!!」
「あんたが家から出たらしょうがないでしょう!」
母親が怒鳴った。
「・・・・・・いや。お母さん・・・娘さん、少しだけ預らせていただいてもよろしいでしょうか?」
「金子さん・・・」
不安げな目で見る板橋。
「民俗学だけでなく、学校の怪談に詳しい人間がいてくれると捜査が進むかもしれない」
「やった!!」
渚は先ほどまでの泣きべそ顔から完全に一転して、何か嬉しそうである。
「お母さん、娘さんの事は俺・・私が命にかけても守ります」
「・・・・わかりました・・・・。娘をよろしくお願いいたします」
母親は深く頭を下げた。
金子と渚は金子の車で例の民俗学教授のいる大学まで向かった。
電話をかけるとどうやら今夜は大学に泊まりで研究をする予定だったらしい。
大学につくと教授は意外な組み合わせに驚いていたが、事情を聞くと快く対応してくれた。
「それで・・・カシマレイコという怪談と鹿島神宮をつなぐ糸を辿りたいというわけですな」
国吉は風呂に入っていないのか、先ほどから頭ばかりをかいている。
渚は珍しそうに本棚の変わったタイトルの本を取り、開きもせずに感心したように頷いている。
「んーー?ちん・・こ?」
「おいおい、何みてんだよ渚ちゃん!!」
慌てふためく金子。
「『珍・湖伝承忌憚』ですよ」
笑いながら国吉。
「ところで・・・・あれから何か分かりましたか?教授」
国吉は「どうなのかな」と独り言のように言うと、幾つかの古そうな書物を出してきた。
「少し気になっていたのですが・・なぜ・・・足なのかという事でして・・・すごく足に何か執着のある犯人像が浮かんでいました。こういった事を考えるのは私の範囲外ですなんですが・・・」
ただ頷く金子。
「実に面白い。・・・・・いや・・おもしろいというのも不謹慎なのですが・・・」
「いえいえ、教授にはどんどん興味を持っていただいて調べていただいた方が我々も助かります」
「鹿島神宮の近くには徳川末期まで、鹿島御用の刀鍛冶が住んでいたといい、『たたら跡』が残っているんです」
「なんです、それ?」
「製鉄を行っていたわけです。その跡が今も残っています」
渚ははやくも欠伸をしていた。狙われているという危機感がなくなってしまったのか。
「たたら製鉄というものは、ずっと火を見る仕事の為に片目を患い、片足でフイゴを使って送風する為に片足を患うという、一種の職業病があるとされたわけです」
「足と目を・・・?」
「たたら製鉄で目と片足を患ったものは、片足を引きずったり、ケンケンで歩いたりと・・・風貌的には当時の人間たちから見るとまったく違う存在に感じていたかもしれません。製鉄関連の仕事をしていた労働者は、外の世界と断たれた環境にある荒くれ者も多く、旅人を襲うなどして恐れられた事もあったでしょう。・・・・そうして、忌み嫌われて・・・自分達の住む場所を逐われていったわけですな」
「完全な差別じゃないか」
「ひっどい・・・いじめはサイアクよね」
「しかし、それを重く見た、現在でいう鹿島神宮の宮司は・・・彼らを神の使いとして祀ろうと考えたわけです。それが現在でも知られる祭神・建御雷(たけみかづち)なわけです」
国吉は別の本を開いた。
「この神は日本神話ではあまりにもメジャーなもので、別名を「建布都(たけふつ)神」といい、「ふつ」は物を断ち切る擬態語であると考えられているんです」
つまらなさそうに聞いていた渚が少し嫌な顔をした。
「それって・・・・・」
「ええ・・・おそらく・・・影の歴史ですが・・・この鹿島では、たたら師の患った足を斬るという風習があったんです」
「どうして!?足を引きずって忌み嫌われるほどなのに・・・切断しては完全に一本足になってしまうじゃあないですか?」
「どうやら、足はもう片方の足にも・・・いや、下半身全体に影響が出てしまうものだったようです。これは・・・作業による職業病ではなかった」
「・・・・・・・土地に伝わる伝染病か何かですか?」
「私はね・・民俗学をやっていると、様々な仮説を組み立てて、また一つの伝承を作りたくなるんですよ。もちろん、それはまったくの仮説の伝承に過ぎない。さきほど・・・・『珍・湖伝承忌憚』という本があったでしょう?あれも、そういった小さな影の伝承が、現代に伝わる為にあらゆる『伝承形体の変化』というオブラートに包まれて本になったわけです」
「つまり、我々が知っている昔話とかも・・・もっと別の意味が隠されている・・という事も」
「もちろんそうですな。はるか昔に作られた伝承を、近代にいつの間にか作り替えていたり」
「でもさ、影の伝承っていうくらいなんだからさ、あんまり伝えたくないってことでしょ?完全になくしちゃえばいいじゃん」
「ははは、それが・・・できないんですよ。まだ、その忌むべき過去の歴史を、血筋や屋号のようなもので受け継がなくてはならないものもいるのです。完全に消してしまえば・・・その者たちの存在さえも歴史上から抹殺するも同じ事なのです」
「今回の事件は・・その・・たたら製鉄の関係者が・・・・」
「それはわかりませんが・・・この奇病の原因がやはりその製鉄作業の行程か場所に関わる事だと思うのです。そういう現在でもあからさまにできない何かが・・・・現代にあらゆる形で残されてきている」
「・・・知られざる真実というものが我々を惑わしている。だから我々警察も忙しいわけですしね。」
「郷土資料にも見られるのですが、箱根の足柄の坂より常陸に遣わされた『建借間命(たけかしまのみこと)』という神があるのですが・・・これもたたら製鉄者の足を切る役目を持った・・・・鹿島神宮の使いの者である事が考えられます。名前からも分かりますね」
「ねえ・・・この犯人は・・・まだこの病気が続いていると思っているんじゃないの?」
「続いているのかもしれない・・・。この事件を追っていた三月さんの娘さんは・・・・自分の学校の女子トイレで・・・・下半身をボロボロに腐らせた状態の変死体で発見されている・・。犯人は病気の伝染をとめる事が目的なのか・・・」
「いや・・・忌むべき歴史を世間に晒すのが許されない事だったのではないでしょうか?」
金子は考えた。
そんな伝染病がもし世間で広まっていればマスコミも動くはずだ。
しかし、そのマスコミでさえも抑える力が働いているとしたら?
伝染病といえば、一方で騒がれている『カガミ病』も気になったが。
「イルカジマという言葉を民俗学で見つける事はできませんか?」
国吉はおもしろげに唇をなめた。
「それは・・・怪談ですか?」
「いいえ、今回、飛行船から落ちて来たガイシャに関わるキーワードらしいのですが・・・」
「こじつけになるかもしれませんが・・・念の為に調べておいて良かった・・・」
「あるんですか!?」
「ただし・・・よけい混乱してしまいますよ」