幻想住人録

 

 第2話

 

喫茶店『ラチェット』。

渚は腕時計をもう何十回見ただろう。

遅すぎる。

もう約束の時間より40分経過している。

いつもなら帰っている渚だが、今回はあの柳の電話の様子を考えたらひどく心配になった。

柳さん、誰かから怨まれているのかな。

考えたすえ、女絡みだろうと勝手に解決してしまった。

仕方がない、1時間たったら帰ろう。

渚は氷の溶けたアイスコーヒーを飲んで、ちらりと窓の外を見た。

街を歩いている人たちが上を見上げて何か言っている。

子供達などはなぜかはしゃいでいるようだ。

気になったので、柳は喫茶店の前で待つ事にして店を出る事にした。

念のため、柳から喫茶店に電話が来るかもと、自分が外に出て待っている事を店員に話しておいた。

彼の携帯は先ほどからまったく通じなかったからである。

外に出るとみんなが上を見上げている理由が分かった。

小さめの紫色の飛行船が空を優雅に飛んでいたのだ。

なんの宣伝なんだろう?

渚は飛行船の腹の部分にある絵に注目した。

海豚(イルカ)の絵だった。

渚はぎょっとした。

そのイルカは人間の足が生えていて、まるでアメリカの軍用機などにデザインされているマークを思わせた。

と思うと飛行船からなにかが降ってきた。

それは小さなパラシュートで3つ程降りてきた。

街の子供達がそれを追って、親が制止するのも聞かずに走っていった。

なにか渚も気になって、待ち合わせの事を忘れて走っていた。

すると携帯が鳴った。子供達の背中を追って走りながら出る。

「加藤おおおおっ!!!」

「え?なに?声でかい!誰!?」

「か・・・・はっはっ!!!!!!!・・・た・・たすけ・・て!!!」

「・・・・・柳さん?」

何かが潰れるような音がして声は止まった。が、相手とはまだ繋がっているようだった。

怪訝な表情で自分の携帯を見つめながら、また耳にあてがう。

「柳さん!?やーなーぎさん!?・・・あ・・あれ?」

パラシュートの一つはパン屋の店の前に落ちていた。

すでに子供達が集まって皆で何かの相談をしている。

どうやら誰が開けるかでもめているようだ。

渚はそんな子供達の視線を受けて、自分が箱の前にしゃがみ込んだ。

携帯は繋いだまま地面に置いた。

箱はかなり大きめで分厚い段ボールをビニールで包んだものであった。

乱暴にビニールを手で破り、箱をこれもまた乱暴にこじあけた。いつの間にか周りの子供達もそれに参加した。

そこには・・・・。

「わあい!!もーらい!!」

子供たちが群がって、箱の中にいっぱいに詰められた足付きイルカのぬいぐるみを取っていった。あっという間に空となった。

人騒がせな。

渚は繋がったままの携帯に何度か呼び掛けて、なにも応答がないので切った。

着信履歴を見ると、やはり柳からであった。そして、もう一度柳にかけてみる。

話し中。

今度は彼から昨晩教えてもらった、PHSの番号にかけてみた。 

遠くで今流行りのミュージシャンの着信音が聞こえた。どこかで最近も聞いた音だ。

 

 

残りの二つの箱の中からは、足を切断され、携帯を手に持った状態の柳の死体と、足が発見された。彼のズボンのポケットからはいつまでも音楽流れていた。

 

 

品川区N大学。

「それで、私の研究とどんな関係があるのですか?」

日本民俗学教授・国吉長治の研究室に、一人の若い刑事が煙草を吸っていた。

『足切り殺人』の犠牲となった三月平太郎警部の部下・金子洋一。

「ええ、それが・・・三月警部の死体のポケットにですね。鹿島神宮という言葉が幾つか出てきていたので、私なりにいろいろと調べていたんですよ」

「茨城までいったんですか?」

「いや、勝手な行動はなるべくまだ目立たせたくないので・・まだ」

「・・・・・・上司思いですな」

「どうやら、ネットで検索してみると・・・民俗学の関連のサイトに多くぶつかったものでね。いや、だけど俺が付け焼き刃でそんな事頭に入れて調査しても・・・多分よけい混乱するかなと・・」

金子は苦笑いを見せた。

「それが賢明です。鹿島神宮というメモも関係があるかはわかりませんからね。ぜんぜん別の内容のメモだったかもしれないでしょう?民俗学と殺人なんて・・・」

金子はメモを取り出した。

「これも・・・民俗関連のものですか?」

国吉は口を半開きにしてメモを見た。

「かしま・・・れいこ?・・・・・いいえ、聞いた事もありませんな」

「これ、殺害された三月警部と、その娘さんの事件と関連しているキーワードなんですよ。娘さんは入院中であったにもかかわらず、病院をいつの間にか抜け出て・・・・自分の学校で変死体で発見されたんです。両足から下がぼろぼろに腐食して崩れた状態で・・・。入院していたという病院では担当の看護婦が何者かに殺害され、転院患者8名が謎の急死をとげている・・・・・・・そう、それで、学校の生徒に三月警部の娘さんの事について、気がついた事がないか聞き回ったんです。すると・・・・『カシマレイコに殺された』ってみんな口に出すのです。・・・・・・・それとメモにあった鹿島神宮と私の中で繋がったわけです」

金子の説明にただ頷いて聞く国吉。

しばらく考えて国吉は口を開いた。

「カシマという言葉だけで繋ぐのには無理があるのでは?他にもカシマとつくものは民俗学をやっておれば見る事が多いですよ。神宮のつながりがもちろん多いですが。・・・・鹿島踊りや鹿島の事ぶれ・・・地名もそのまま鹿島ってありますしね。ええ、先ほどの神宮の。方言にもカシマというものもあります。石川県・三重県・和歌山県の方言で・・・ええと、「裏返し」「反対」の事を意味しますな」

金子はそれもメモする。

「刑事さん、人の名前・・・と単純に考えられないのですか?」

「三月警部は俺の尊敬している先輩でした。・・・あの人の捜査をたどれば・・・これが単純な事件ではない事がわかるんです」

「んーー・・・・刑事さんとは・・・もっと現実を見る仕事かと思いましたが」

金子は仕方ないというように胸ポケットから一つのカセットテープを取りだした。

「いまから聞かせるテープと話は・・・・マスコミなどには公開していない超極秘事です。・・・・・・これを聞けば・・・これが単なる殺人ではない事が分かるはずです」

「ほ・・ほお」

国吉は興味を目で表現した。

「その代わり・・・全面的に協力して下さい。どうも警察の上の奴らの捜査は・・・・三月警部のやり方とはまったく違う。三月警部は最終的にここへお話を聞きに来る予定だった。そうメモにあったんです。なぜかはわかりませんが・・・・。それを俺は信じてあなたを訪ねました」

「数年前も、刑事がここを入り浸っていたが・・・今回は私の所とはな・・・・」

「数年前?」

「いや、なんの件できたかは知りません。まあ、当時、いろいろ問題の者はいましたから。・・・それより、極秘事のお話とは・・・」

金子はテープレコーダーをバッグから取り出し、テープを入れて再生した。

 

「(10秒程の混線した雑音)・・・・もしもし誰なんだ?」

「あ・・し・・・・いるか?」

「・・・・なんだと?」

「・・(雑音)ぎあ(雑音)・・・・いるか?」

「・・・・・誰なんだ・・・・・よりこと同(雑音)・・か?」

「ひだ・・・り(雑音)し・・いるか?」

「ふざけるな!!!・・・・・おい!!・・・・よりこは死んだ!!・・・・お前らはいったい・・・・・ブツッ」

 

「というテープです」

金子は停止ボタンを押しながら言った。

「こ・・・これが極秘ですか?」

「そうです。これはおそらく、殺害された三月警部がその直前にかかってきた電話を録音したものです。たった一つのダイイングメッセージです。・・・・これ・・・俺最初に現場向かった時に・・・・取って隠しておいたんです・・・・。三月警部のダイイングメッセージをくだらない上の連中に任せておけないんでね。なので超極秘テープなわけ」

金子はまたタバコに火を付けなが説明した。

国吉は唸るように声を喉から発した。

「これだけでは・・・・」

「まあ、幾つかのキーワードをとってみると・・・まず『足切り殺人』の犯人である確率は非常に高いわけです。・・・・『足いるか?』と問うなんて、普通の会話じゃないですからね。警部はおそらく今回の捜査で知ってはいけない事を何か知ってしまったんだ」

若さのある顔に苦渋に満ちた表情を浮かべる金子。

そして、白紙のレポート用紙に『よりこ』と書く。

「これ・・テープの中にあったでしょ?おそらく・・・警部の元奥さんの名前なんです。もう離婚しているんですが、足取り辿ってみると・・・途中で消えてしまうんです。まあ、警察の総合力を使えないってのは痛いけど・・・まだ中に俺の協力者も数人いるんで信用できる事なんですがね。」

「消えた?・・・・あ・・ええと・・・」

「つまり、彼女の離婚後の移転先は・・・・というかそもそも彼女自身が存在していない事が分かりました」

国吉の顔はいまだ何に対してかはわからないが、半信半疑の表情だった。

「刑事さん・・・・そりゃあ名前もなにもかもが・・・嘘という事ですか?」

「いや・・・なんというか・・・つまり、『よりこ』という人と、別の人物がいつの間にか入れ違っている・・・もしくは同人物になっているんです。・・・そう、いつの間にか別人物になっている。これもおいおい話しましょうか。」

国吉は頭の中が混乱せぬようになんとかまとめているようだ。民俗学の研究と繋がる理由が今いちつかめないらしい。

「国吉さん、秋田県での奇病はもちろん・・」

「ああ・・・『カガミ病』ですか。胸に蝉の発声気管のようなものが突然できて、それを自ら切り開いて死に至るという・・・。それが何か?」

金子はニヤリとした。

「俺、『カガミ病』と今回の『足切り殺人』が繋がっている・・・・と思うんです」

 

 

 

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