幻想住人録

 

 第1話

 

海水浴シーズンは終わり、海は波音と水平線だけの空虚にも思える空間を広げていた。

海をただ一人見つめる女がいた。

彼女は何もない海の彼方を見つめて微笑む。

「見えてきたわ・・・・わたしの・・・イルカ島」

 

 

東京都品川区にあるレストランの休憩室。

「加藤・・・なにさっきから見てんの?」

長髪の男が口にタバコをくわえながら馴れ馴れしく声をかける。

テーブルに沖縄リゾートのパンフレットを開いて、溜め息をこぼしているのはバイトの加藤渚(18歳・高校中退)。

「柳さん・・・料理人がタバコなんて吸ってちゃ、味わかんなくなっちゃいますよ?」

「いいの。俺、今年中にここやめるし。で、なによ、沖縄いくの?」

無言で首を縦に振る渚。

「いいなぁ、俺もいきてぇけど・・・しばらくシフトあけられねぇよ」

「休んでばっかいるからですよ」

渚はパンフレットを閉じて溜め息をついた。

「静かに海を見たいだけなんですけどね。なんだか疲れちゃって」

柳はタバコを灰皿で揉み消し、渚の肩をポンと叩いた。

「そういう事なら任せなって。今日、仕事終わったらあいてる?」

「・・・・あいてますけど・・・」

「オケ!!じゃあ、着替えたら外でまってて。よっしゃあ、あと閉店まで2時間がんばりますかぁ」

 

柳の足元にはタバコの吸いカスが何個も落ちていた。

PM10時30分。

「おっせぇ。着替えなんて5分で済むじゃん、普通」

柳は携帯の時計を見ながらぼやいた。

彼のズボンのポケットから音楽が響く。

サーファー仲間だけに教えている、PHSの方が鳴っているのだ。

「はい、もしもーーーし」

しかし、電話はすぐに切れた。

柳は不思議に思いよく着信番号を見ると、見覚えがない番号だった。

きっと間違いだろうと思ってズボンにPHSを滑り込ませる。

それから2分後、渚が店から出る。

「お待たせしました・・・って・・・柳さん、タバコちゃんと吸い殻入れに捨てて下さいよ、もう」

「明日、またバイトの誰かが掃除するって。さ、行こうぜ」

渚は柳が駐車場に止めているコルベットに乗った。

こんな3流レストランの社員がどうしてこんなにいい車に乗っているのか、渚にはわからなかった。

「柳さん、ちょっとまって、変な所連れてかないでよ」

「ばぁか。俺はもう決めた女がいるの。結婚だって真面目に考えてるんだぜ。今年で、28だよ、俺。見えないだろ?」

「じゃあ、どこに?」

「・・・・・静かな海・・・見たいんだろ?・・・・後輩へのサービスですよ」

柳はエンジンをかけた。

 

千葉県H市海岸。

黒いキャンバスに白い横筋が生まれ、それが次第に太くなって足元で白い飛沫をあげる。

波だけが白くポッカリと浮かび上がり、ただ波だけが生きているようだった。

夜の海は見る者によっては死の世界のように寂しく、暗い。

だが、渚は相手に不足はあったが、夜の海という初めて見る光景に感動していた。

「恋人と来れなくって残念だろうけど・・・いいもんだろ?」

「うん」

二人はしばらく、地球が滅びるまでくり返すであろう、その寄せては返す繰り返しを見つめていた。

しばらくして、渚は不可思議なものを見た。

「柳さん・・・あんな島・・・あるんだ?」

「島?こんな時間に見えるわけねぇじゃん」

砂浜で寝転がっていた柳が起き上がってきた。

しかし、柳はその光景を見て口をポカンとさせた。

「・・・・・・・・あるでしょ?」

暗い海の水平線には、今まで何かが見えるどころか、今日は曇りの為、星さえも見えなかった。

だが、その向こうにまるで、自ら光っているかのように緑色の島のようなものがポッカリと現れていた。

幻想的で、亡霊のように・・・・まるでそこだけ別の空間であるようだった。

「っていうかさ、あんなとこに島なんてねぇよ。俺、毎シーズン、波乗り来てるけど、一度も拝んだ事ないぜ」

その不思議な光景は渚と柳の記憶に深く刻まれた。

 

 

渚は母の呼ぶ声で眠い目を擦りながらベッドから体を起こす。

時計を見ると7時。

「なによぉ、まだこんな時間じゃない、バイトお昼からなのにぃ」

渚はリビングルームに欠伸をしながら入り、ソファに横たわる。

キッチンでは母親の料理を作る音。

リビングのテーブルでは父が新聞を読んでいた。

「渚、あなた、昨日何時に帰ったの?」

キッチンから母親の声が響いた。

「わかんない、けど、やましい事は神に誓ってしてませーーん」

「もう・・・とにかく、朝ぐらいはちゃんと一緒に食事ぐらいしなさい」

そう言いながら母親は朝食のベーコンエッグとトースト、コンソメスープを持ってきた。

「なんだ・・・またか」

父親が新聞を見て呟いた。

「あら、またなにかあったの?」

母親が父の見ている新聞を覗き込む。

「ほら、例の『足切り殺人』だよ」

父がテーブルに新聞を広げる。

渚はソファの上からなにげなく見ていたが、突然眠気が飛んだ。

「ちょっと見せて」

渚は新聞を奪うようにして取った。

「ちょっと、お母さんも見てるのに」

「げげっ!!」

渚ははその記事に釘付けになった。

記事は大きく取り扱われていた。

 

『連続足切り殺人』

今月に入ってから、足を切られ殺害された死体が32件確認された。

犯人はおろか、いまだになんの手掛かりもつかめない状態だった。

事件が大きく騒がれるようになったのは、この『足切り殺人』を捜査していた刑事が何者かによって殺害されてからである。

この刑事の一人娘も、通っていた学校のトイレで変死体で見つかり、娘が入院していた病院でも担当していた看護婦が何者かによって殺害され、転院患者8名がその二日前に謎の急死をとげている。

今朝の新聞の記事はこの刑事の足が発見されたというものだった。

刑事は自宅の電話の前で足を切断されて死亡していた。

足と凶器は家やその近辺のどこを探しても発見する事ができなかった。

だが、その足が千葉県H市海岸に、透明のビニール袋に入って流れついているのが、深夜2時ほどに地元の人間が見つけたのだ。

写真を見ると間違いなく渚が柳と共に行った海岸である事がわかった。

あれから数時間後にこんなものが・・・。

いや、すでに流れ着いていたけど暗くてわからなかったのかもしれない。

家の電話が鳴った。

母親が取りに行き、すぐに戻ってきた。

「渚、あなたによ。仕事場の柳とかいう人」

渚は走って電話のある廊下へと出た。

「もしもし!!」

「よお・・・」

「ねえ、見ました?新聞!昨日行ったあの海岸!!」

「あ・・ああ、なにかあったのか・・・・いや、まだ見てない」

「・・・・・どうしたの?元気がないですね、声」

柳の電話の声は妙に静かだった。

「俺・・・今日仕事休むわ」

「ええ?風邪?・・・・シフトやばいんじゃないんですか?」

しばらく柳は無言だった。仮病ではないらしい。仮病だとしてもそういう演技は店長にすればいい。

「昨日さ・・・帰ってから・・・俺のアパートに電話来たんだよ」

「・・・・ええ・・」

「知らない、男だか女だかわからない声でさ・・・あれ・・・加藤じゃねぇよな?」

「あれから帰ってバタンキューでした、って聞き覚えがない人から?」

「・・・・・・・『いるかじま』を見たか?って俺に聞くんだよ」

「いるか・・・・じま?」

聞き覚えがあるような、ないような名前にしばらく考える渚だが、すぐに柳の暗い声が続いた。

「悪戯かと思ってだまっていたらさ・・・『足・・いるか?』って聞かれたんだ」

「足・・・」

渚は当然の事ながら『足切り殺人』と先ほどの記事を連想した。

「気味悪いから、いらねぇよって言ってすぐに切ったよ。・・・・・今朝、起きて新聞とろうかなと思ったらポストにさ・・・『足ちょうだい』って書かれたメモが入ってたんだ」

渚はその言葉を聞いて鳥肌が全身を覆った。

その日、渚もバイトを休んで、昼過ぎに柳と会う約束をして電話を切った。

 

 

 

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