幻想住人録

クトゥルー 魔界監視局

陰陽道と古代日本政治の関わり

 

 

陰陽道(おんみょうどう)とは、古代中国の「陰陽五行説」を基にした呪法で、

易や道教系民間信仰と結び付き、日本には6世紀ごろ伝来したとされる。

天文・暦数・占筮(せんぜい)、相地(共に地の気を観ること)を扱い、

吉凶禍福を察して、祭祀や方術を行い災いを避けたり、呪詛や呪殺も行われていた。

 

仏教とほぼ同時に日本に伝来して来たといわれる、この陰陽道は、

天武天皇四年(676年)に行政機関として、陰陽寮が設置された。

その後、平安時代中期に陰陽博士賀茂忠行(かものただゆき)は、

息子の保憲(やすのり)天文と暦道を伝える一方、

「安倍晴明(あべのせいめい)」に天文を伝えた。

以後、陰陽博士に任じられるのは、

賀茂(天文)、安倍(暦道)のニ大宗家に限られると共に、この両家の競い合で、

平安時代に陰陽道の黄金期を迎えることにもなった。

とりわけ天体の運行によって自然現象の推移や、人間の運命を未然に予知し、

「式神(しきがみ)」と呼ばれる呪法を駆使して、

様々な超能力を発揮した「安倍晴明」こそ、

最高の「陰陽師(おんみょうじ)」として、揺るぎない地位を保っている。

 

鎌倉時代以降も陰陽道は将軍家から、民間にいたるまで、の行動様式に影響をおよぼしたが、明治維新と共に衰退した。

とはいうものの、「方違い(かたちがい)」・「方忌み(かたいみ)」

「物忌み(ものいみ)」・「撫物(なでもの)」などの陰陽道系の呪法には、

災厄を避ける為に多くの禁忌が存在しており、今もその効力を失っていないようである。

とくに仏滅などの六曜や鬼門などの方位や家相に関する陰陽道説は

今日も影響力を持っている。

 

恐るべき陰陽道の呪術に蠱毒(こどく)というものがある。

これは、その項目を参照していただきたい。

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