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拾 -----我が住処は、我が小宇宙-----

 

 

 俺がアパートを借りて一人暮らしするようになったのは一ヶ月前だ。

聞いた事のない町だったが、とても安い部屋代に感動をした。

めったに見つからないような良環境の物件だったので即契約したんだけど、失敗だった。

 

失敗.1

本が入りきらない。

サブカルチャー系の本の数が常人ではない我が家、超能力・オカルト・UMA ・妖怪・エロ漫画・エロ雑誌・・・せめてきれいに整頓してごまかしたい気分だが、部屋が狭くて本が全て収納しきれない。

まあ、誰も呼ばないからいいんだけど。 

失敗.2

最初の数秒間、蛇口から出る水が赤い。

失敗.3

壁に謎の暗号。

不規則な数字の羅列、土星の絵が6個。

意味不明。

失敗.4

臭いが出ない。

窓を開けても換気扇を付けても、一度、我が家に滞在した臭いはなかなか出てくれない。

納豆とマヨネーズとシーチキンを足しただけなのに、どんな配合ミスか大便の香りに近くなり、これがまた4時間にわたって部屋をトコロセマシと巡っていた。

臭いに強い俺の鼻もさすがにギブアップだ。

失敗.5・・・これが最後。

隣の部屋の住人が夜、8時15分ほどに絶叫する。

絶叫の内容はわからないけど、多分、相手のいない独り絶叫。

 

 

という事で素晴らしい一人暮らしの御紹介になるはずだったが・・・失敗がこれだけ並ぶと笑い話になる。だけど、三日前程からまた《生活》が変わってきた。

一言でいうと俺は同棲している。

 

同棲相手はいつの間にか同じ部屋で生活していたといった方がいい。

あとから考えれば変な話なのだが、深く考えていくと俺の方が後住者なのかもしれないという考えに行き着く。そういう時間や何かの法則の感覚が関係しているらしいのだが、俺には全く理解できない現実だ。まあ、いい。

ところで。

同棲していてなんだが、とても迷惑な同棲者だった。

迷惑.1

歯をシーシーさせながら、瞬きを一回もしない状態の時。

はっきりいって気持ち悪い。この状態で大の字になって寝ている場合が多い。

迷惑.2

すぐに腹を撫でる。

俺の腹は多少、ここ数年の長い気のゆるみで出てしまっている。

それを母親のような笑顔で撫でる。

撫でる回数により、顔の優しさレベルが上がる。

迷惑.3

隣の家から聞こえる絶叫に応える。

 

 

こんな中年と同棲している事が誰かにばれたらどうする。

親子とだけは思われたくない。

いや、思われてもいいけど、それだけはなんとかしてくれ。

消せよ、額の「肉」の字。

 

 

ある晩、同棲相手の親父が大の字で寝ているところ、消しゴムで「肉」の字を消そうとするが断念。

皮膚に彫り込まれいるみたいだ。

擦り続けたら妙な臭いがしたので、二度とやるまい、と思った。

 

 

俺が出版関連のバイトを終えて帰ると、家ではエプロン姿のこの親父がいる。

「肉」の字があるからってこの親父をニクオヤジなんて呼んだりしない。

いつも『マクスウェルの悪魔』と呼んでいる。

そう呼ぶ理由は一つもない。

たまたま見た本にこの名前があったから。

悪魔と呼ぶのも躊躇されたが・・・まあ、名前なんてどうでもいい。存在理由もどうでもいいんだから。

エプロン姿だからといって料理をするわけではないしな。

大の字になって寝ているもの。

その際、エプロンはしっかり閉じられた股にどんどん挟まれて吸い込まれていく。

 

 

そういえば、この引っ越しをしてからというもの、何かを忘れている感じがする。

 

 

 

ある日、俺の妹と称する人物から手紙が届いた。

家族にも誰にもここの場所はまだ伝えていないのに。

妹なんてのも俺の家庭には存在しない。

妹が欲しくって欲しくって、『妹と水かけっこ』なんてビデオのシリーズものを借りた時もあったほどだ。

妹と称する人物は、俺の体調を心配しているんだか、心配していないんだかわからない、微妙な文体の手紙を数枚にわたって書き連ねていた。

・・・・・・・・三日ぐらいして、それは同棲相手が書いている事を知った・・・。

 

 

何かを忘れている気がするなあ。

 

 

 

白飯の上にかいわれ大根とマヨネーズという夜食を食べながら、俺は珍しく普通の漫画雑誌を読んでいた。こういった「サラリーマンが電車の中で読んでいそうな普通の内容の雑誌」を買うのは、俺には何か勿体無い気がした。それはさておき、やはり・・・・つまんねぇな。

読んでいる雑誌に掲載されている漫画は全て、暗い雰囲気で結末が尻すぼみな感じのものばかり。

つまらないのに読んでしまう。

あれ、これって・・・俺が今まで生きていた感覚と同じ気がする。

そっかー、こんな漫画、毎週読んでるのか。がんばれがんばれサラリーマン。

つまらない時間をつまらなく生ききる。俺のモットーのような。嫌でもそうして生きている人たちもいるんだな。

だから、俺はふと見つけたこの町のこのアパートに住む事にしたのに。

なあんにもなさげな町。

訪れてみたら、人だってまばら。色も地味。

平凡すぎる日々と町の中で、凡人ではない妄想を繰り広げ、外見はやはり平凡すぎる生活。

これぞ平凡の神髄。

なのに、こんな親父と一緒に住んでいた。気がついたら。

『マクスウェルの悪魔』はつまらない平凡な日常の流れに生きる俺に、何を強いるのか。

何が目的なのか。

つまらない詮索・・・・なんていうなよ。

 

 

『マクスウェルの悪魔』はどうにもクセが悪い。

俺が帰ってくると、えーと、そーだなぁ、鼠を捕ってきた猫のように待っているんだ。

ただ、鼠ではなく、最初に持ってきたのは、誰かの喰いかけのハンバーガーだった。

今週は普通のハンバーガ−が70円引きでお得だ。

その夜の晩飯はハンバーガーにする事にした。(もちろん買ってきた)

 

次に持ってきたのは袋に入ったカブト虫の幼虫だった。

さんざん怒鳴った後に投げ捨てた。

 

次はホオヅキだ。

これは前回の幼虫程きつく当たる事もないか、と思いいまだに茶箪笥の中に飾られている。

中々風流・・。

 

壊れた眼鏡を持ってきた。

ここまで来ると『マクスウェルの悪魔』の拾って来る物の法則がつかめなくなってくる。

俺の反応をいちいち覗き込んで来るのがむかつく。

 

 

「思い出」とマジックで殴り書きされたエロ雑誌を手渡してきた時はさすがに殴った。

殴った理由は全ページ、べったりとくっついて開かないという化石的な物だったからだ。

「思い出」っていう意味は深く追求しない。

 

拾い物は続いた。

現在「ハゲ」という事でしか話題がない芸能人の、若き頃の写真が入ったなんだか哀しいヨーヨー。

猫のペットフード。目玉のシールがたくさん貼られたカメラ('壊れてる)。猫耳帽子。蟹の甲羅とコーラの瓶。黒いグローブと軍手が左右一つづつ。千切られたらライヴチケット(バンド名はビッチコック)。ニラ饅頭。鮫の頭の形をした帽子(これは気に入った)。錆び付いたどこかのレバー。紫色のバイブレーター(明らかに使用済!!使用済!!)。心霊写真。大川栄作写真集。『まことちゃん』のまこと虫の消しゴム。本『恋する韓国語』。シャケ。髑髏のTシャツ。食パン、しかも一キン。デジカメとメモの貼られたインスタントカメラ。ただ「エロセックス」と書かれた色紙。エロセックスってなんだろう・・・。

 

 

ある時、壁に小さな小さな穴が開いている事に気がついた。

壁の前でずっと、しかめっ面で正座している『マクスウェルの悪魔』が怪しい。

最近、彼の拾ってくるものを無視して、エロビデオをどんどん収集して部屋を埋め尽くしている俺が憎いのか?そんな俺が憎いのか?

こんなところに穴開けて。

俺はその壁の向こうが、毎晩、8時15分に絶叫する隣人の家である事を知っている。

隣人はどんな理由でこの時間に絶叫するのだろうか。

想像すると少し恐い。

覗いてもいいけど、覗いている間がとても心配だ。

『マクスウェルの悪魔』に尻をいじられる気がする。腹を撫でる前例があるし。

しかし、日常のつまらない時間を過ごす目的の俺は、こんな事でも非日常に繋がるのではないかという、期待に似た恐怖も抱いていた。

虚ろな目の『マクスウェルの悪魔』を気にしながらも、俺は壁の穴に目を当てた。

同時に俺の尻に同じように『マクスウェルの悪魔』が顔を付けたのがわかったが、無視した。

悪魔は、俺の尻に顔を押し付けて「キーン」とか「ウム、ラムだっちゃ」とかの某アニメの名台詞を言っている。「ウム」じゃなくて「ウチ」だったような気がするけど。

 

 

穴の向こうには・・・・なるほど、隣は変人だ。

壁の穴は隣人の尻の穴に繋がっていた。

つまり、隣人は壁に生の尻を密着させているのだ。

もしかすると、このままの状態で8時15分には絶叫しているのだろうか。

もうすぐ、8時15分だ。

 

 

絶叫が起こった。

しかし、それは俺の喉から発せられていた。

感覚・感情よりも先に発せられた絶叫。

その発せられた理由は8時15分以降に知る事になるのは当然だ。

 

 

 

時間がこんな形で過ぎていく事は知らなかった。

1分1秒の後は1分2秒・・・。ここではそうではないようだ。

頭の中では理解した。このアパートの構造が俺の時間の感覚と同じなのだ、「説明不能だが時計と逆回り」という法則になっているらしい。

絶叫隣人の壁の向こうの俺は「昨日の俺」であり、この部屋の俺は「今日の俺」。

多分、反対の部屋は「明日の俺」がいるのだ。

俺が反対の壁の向こうに興味がないのは、くそっ・・・まったく・・俺の人生そのものだ。

たとえ、薄い壁一枚越しに未来があるからといって、どうせいつもと変わらないから見たくない。

いや、そうでなくては困るのだ。もし、まったく予測していない明日の俺が壁の向こうにいたらと思うと・・・。

 

 

このアパートは俺の時間の中で建てられ、8時15分で1日を絶叫と共に終えるらしい。

つまり、絶叫した先には次の日が待っているのだ。

忘れている感覚はこれだったのか。

永い闇から目覚める感覚。

俺の恐怖だ。

平凡だった今日のまま、明日になればいい。

今日のまま明日に。

アパートの名前、『妄想時間軸』に決定。

 

 

 

 

気がついたら壊れた目覚まし時計を抱きかかえていた。

そうだ、部屋さがしをしていたんだ。

今までのは夢だったのか。

それとも、あのアパートを出て、俺はまた探しているのか?

そのへんの時間感覚がまた難しい。

そして、ある不動産でこの壊れた時計をもらったんだっけ。

 

 

「拾い物なんですがね、いや、ずっと同じ時間のところをいったりきたりしている変わった壊れ方をしているんでとっておいたんですよ」

「こんな壊れ方、よくあるもんじゃないですかね」

「それね。8時15分になったらね、解除していても目覚ましのベルがなるんですよ」

「へえ」

「私ね。臆病者でして、寝る時、目覚ましセットしておいても、鳴る一分前に目覚めて止めちゃうんですよ」

「それ。ありますね」

「どういう仕組みなんでしょうね。人間の身体って。鳴る前に何かの音を聞いて目覚めているのでしょうかね」

「習慣みたいになっちゃうんじゃないですか」

「なるほど、その習慣を利用すれば面白い事が出来ますね」

「なんですか?」

「目覚める事を恐れる・・・・眠ったままでいたい人間の為の機関、永久機関ならぬ永眠機関」

「永眠・・・機関」

「この壊れた時計のように、時間がいったりきたりするんです。新しい明日が来る事をこばむ・・・昨日までの安泰に身を委ねた人が開発した・・・・睡眠から目覚めると睡眠に入るという永眠機関です。わかりずらいかな。時間が戻るんですよ。起きた途端に」

「はは、発想はいいかも」

「明日を知らせる音が鳴るのを恐れる人間が、その音から自分を守る為に、ありとあらゆる防御手段をする・・・・それを利用したもんですよ」

「・・・・とにかく、もう少しこの辺の不動産まわってみます」

「ええ、わかりました」

俺は壊れた時計を手に持って、作ったような笑みを浮かべたと思う。

「あ、おじさん」

「はい」

「おじさん、時計屋さんじゃないんでしょ」

「・・・・・・ええ、そうですね」

 

 

 

俺はあのまま置き去りにされて腐り果てなくて済んだんだ。

きっと、あのまま穴の向こうを見なければ、何も知らずに、先に続いている時間から取り残され、もう永遠にこのループから逃れられなかったんだ。

『マクスウェルの悪魔』が大の字になって寝ていたよな。

『マクスウェルの悪魔』が俺にこの壊れた時計のようにならないように、夢を見せてくれたのかもしれないな。

壁に穴を開けて、しかめっ面していたのも・・・・ループしようとしている俺を遮る門番のつもりだったのかもな。

つまり過去も未来も、今となっては指先一つで覗ける程、境がないほど平凡で、そんなに恐れる事はない。恐れるべき事は、平凡たる時間のループだ。

時間を先に先に継続させる事で、俺は平凡ながら進んだ時間の波に乗せてもらえるんだ。

なんだか、俺は自分自信に置き去りにされているのを拾い上げてもらったみたいだ。

時間のレコードから拾い上げる時は、酷く慎重にしなければ回りに大きな影響がでる・・・と何かで読んだ気がする。

『マクスウェルの悪魔』・・・さすが悪魔、繊細だ。

 

それにしても家を出たはいいが、すぐにいい物件って見つからないものだな。

 

今日は漫画喫茶でもいくか。

 

 

 

人が大の字に四肢を広げた姿は「明けの明星」と称され、死後の世界、つまり朝を指すとされる。これは小宇宙も意味する。

 

 

 


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