拾 ボクは猫である。

 

 

 

ボクは猫である。

名前は・・・多分ない。

暗闇で目を覚ましたのが一番最初の記憶なんだ。その前は何も覚えていない。

ボクを生んでくれたのは誰なの?

手が寒いよ。

少しの隙間から入る陽の光がまぶしい。あ、ボクの手は小豆色なんだね。

なんでこんなに寒いのかな。

もっと陽の照るところに出よう。

あらら、そうか。片方の手が折れてるんだ。どうりで感覚がなくて冷たいナァと思った。

なんだ、まともに歩けないよ。こんな歩き方じゃ笑われちゃう。

・・・誰が笑うの?誰もいないんだもんね。きっと何かの建物の下なんだね、ここ。

もういいや、とにかく陽に当たりたい。

うんしょ、うんしょ、うにゃあ!

はぁ・・はあ・・・すごい疲れるなぁ。あ・・・・。

あうう・・・尻尾も切れてる・・・。

なんかヒリヒリすると思ったんだ。

もっと陽に当たればもっと僕が見えるんだ。

うんしょ、うんしょ、うんしょ・・・・。

ようやくさっきよりは陽が当たる場所に出たね。

ひどいね。なんで?ボクの身体の毛・・・・・誰がこんなにしたの?

焼けてるのかな、これ。

うにゃ、なんだか疲れたよ。

 

 

 

「おい」

うにゅ・・・。

「おいこら」

なに・・・誰?眠いよ。

「小僧!!おい!!」

「わにゃ!!!・・・・・え・・・おじさん・・・誰?」

「小僧こそなんだ。ここは俺の場所だぞ」

うにゃ・・・このおじさん・・・『犬』ってヤツだ。ここって犬のおじさんの家だったのか。

「なにキョトンとしてやがる、ここは俺の場所だってんだ。小僧の寝ているそこも俺の寝床だ。勝手に入りやがって」

「ごめんなさい」

「『ごめん』で済んだら『なさい』はいらねぇんだ!!」

「???」

「く・・・とにかくすぐに出てかねぇと咬み殺すぞ!!こっちは三日も何も食ってねぇんだ、この際、チビ猫でも構わねぇんだぞ!!」

恐い事言ってる、このおじさん。

「ごめんなさい、すぐ出てきます」

うんしょ、うんしょ、いたた。

「おい」

うんしょ、うんしょ、どっこいしょ。

「おいってんだよ、小僧」

「にゃ・・な・・何?今出てくよ」

「その体どうした?」

「わかんない」

「わかんないだと?人間にやられたんじゃねぇのか?」

???

「ニンゲンって??」

「なんだ、違うのか・・・」

「気がついたらこうなんだ。こう生まれてきたのかもしれない」

「馬鹿言ってんじゃねぇ。おい、お前の母ちゃんはどうした?」

「・・・・・・・」

「それもわからないってか」

「・・・・・・」

「おい、いてぇか」

「ううん、我慢できるよ」

「じゃなくて、ここにいてぇかって聞いてんだヨ」

「・・・・・・・・・」

「なんとか言えよ小僧」

「・・・おじさんの迷惑になるし。それにお日さまに当たりたい、ボク」

「太陽に?そうか」

「え?え?、なにすんの?」

「怖がんな、喰やぁしねぇよ、きっとお前の母ちゃんはお前をこうしてここまで運んだんだ」

 

お日さまだ。

眩しいナァ。だけど・・・えへ。いい感じ。気持ちいい。

地面で転がりたい感じだよ。

ごろごろごろ。

「なんだ小僧、まさか太陽の光を浴びるのが始めてってんじゃねえだろうな」

「わかんない。だけど、こんなに気持ちがいいのは初めてだよ。」

「難儀なこったな」

「おじさん優しいんだね」

「あ?馬鹿言うな。暇なだけだよ」

「ふーん・・・」

おじさんはお日さまの下で見ると、土みたいな色をしてる。

ボクは暗闇と同じ黒い毛だったよ。変なの。

「じろじろ見るなよ・・・・ったく・・・・まいったな」

「何が?」

「犬の俺様がこんなところで子猫のお前とじゃれあってるなんて思われたら・・・コドクの野郎に笑われちまうぜ」

「コドクって?」

「最近力を付けてきたやつだ、この町での俺のナワバリに最近踏み込んできやがった。公園近くに住んでる灰毛の野郎だ」

「おじさんの名前はなんて言うの?」

「俺か、ナガレだ」

「ふーん。いいね、名前があるって」

「前の飼い主が付けた名前だよ」

「カイヌシ?」

「人間ってゆう勝手な生き物だよ。俺が近所のこうるさいガキに噛み付いたら捨てやがった」

「悪いんだぁ」

「ばか言うな!あのガキ、なんか変なもので俺を撃ってきやがったんだ。みろ、この背中の傷」

「痛そう」

「痛そうっていやあ、お前だよ小僧・・・ひでぇもんだな。そりゃ確実に人間にやられたな。カラスの野郎だってそこまではしねぇんじゃねぇか」

「そのニンゲンっていうのは恐いの?」

「まぁな。一番強い生き物だ・・・・だが、一番もろい」

「???」

「俺をずっとかばってたお前くらいの女の子は・・・・ビョウキってヤツなんだろうな。すぐに死んじまったよ。それからすぐに俺は捨てられた」

「そうなんだ」

「俺は隣街でお前より少し大きいくらいの頃にその女の子に拾ってもらったんだ」

「他の誰かにも捨てられたの?」

「・・・・・さぁな、親が捨てたのか・・・その親は生きてるのか。お前と同じだ。目覚めた時から俺の物語は始まった。何も知らねぇままな。」

「ボクの物語も始まったんだ」

「・・・・・そんな身体だ。あまりこのへんウロチョロできねぇぞ」

「どうして?」

「さっき言ったコドクってのが危険なヤツなんだ。お前みたいなガキ・・・喜んでいたぶり殺すぞ」

「でも、ボク・・・もうお日さま当たれたからいいよ。なんだがおじさんの話し聞いていたら生きるのってすごく大変そうだもの。ボクはもう満足だよ」

「馬鹿言ってんな!!!」

「うにゅ・・・」

「仕方ねぇ・・・しばらくは俺と一緒にいろ」

「どうして?ボクがいたら邪魔でしょ?そのコドクって人に知られたらかっこ悪いんでしょ」

「もうどっちにしたってカッコ悪いんだよ。俺の立場はあいつから逃げ回ってるようなものさ」

「・・・・・・・」

「負け犬なんだよ」

 

 

こんなにあったかいのは久しぶりだよ。

いつぶりなのかな。その時は何が暖かかったのかな。

今はおじさんの背中の上だ。

おじさん、いびきちょっとうるさいけどね。

それから、夜はおじさんかが星空を見せてくれる。

明るい時はお日さまに当たらせてくれる。

雨の日は昔の話をしてくれる。

そうか。おじさんと出会えた事がボクの物語なんだね。

 

おじさんが怪我をして帰ってきた。

コドクにやられたんだ。

脚をひどく咬まれてる。

おじさんは言ったよ。

「俺は近いうちにあいつと戦う。もうあいつの好きにさせねぇ」

 

僕はある夜、おじさんが泣いているのを見た。

ナカマがコドクに噛み殺されたらしい。

おじさんもまたひどい怪我をして帰ってきた。

おじさんが泣いていると、なんだかボクも悲しくなってくる。

 

二人目のナカマが殺されたらしい。

おじさんは泣いてはいなかった。

そのかわり、こう言ったんだ。

「俺は明日、コドクの野郎と戦う。・・・・小僧・・・もし俺が帰ってこなかったらここにずっといろ。外で死ぬより、ここでずっと生きた方がいい。食料もお前の為に残してある。全部ニンゲン様の食い残しだがしばらくはもつだろう」

「いやだよ、おじさん。」

「何がだ。また甘い事抜かすんじゃねぇだろうな」

「ボク・・・おじさんともっと生きたい」

「誰が死ぬっていったよ。俺は生きて帰ってくる。そして、お前もそんな怪我くらいでもう駄目だとか考えるな。生きてやるんだよ。自分を捨てたヤツを見返すんだ」

「・・・・おじさんが大好きなんだよ」

「馬鹿やろう・・・・くそ」

「・・・・・・・・」

「お前と出会えて・・・俺は人生の後半は満足したぜ」

「・・・・おじさん」

「よし、今夜も星を見に行くぞ。こんな夜だ。いつもより長く見せてやる」

 

 

翌朝、おじさんはいなくなっていた。

ボクはなんだか胸のあたりが締めつけられる程苦しくなる。

おじさんはきっと帰ってくる。

ボク・・・まだ独りじゃ生きられないよ。

 

 

三日たってもおじさんは帰ってこなかった。

ボクはおじさんが残してくれた食べ物を齧りながら、泣いてたんだよね。

このあたり、おじさんがいつも寝ていたあたりがまだあったかい気がする。

おじさんのニオイもする。

ごろごろごろ。

ごろごろ・・・・・またこうして独りで眠くなるのかな。

目がしょっぱい水でヒタヒタだよ。

 

夜に目が覚めたんだ。

横におじさんが寝ていた。

「おじさん!」

「帰ったぞ、小僧」

「やった!!勝ったんだね!」

「・・・・・・・」

おじさんは何も答えてくれなかった。

おじさんのお腹から赤い肉がはみ出ていた。

おじさんは目も片方が潰れていた。

「俺らの種族ってのはどうも野蛮でいけねぇなぁ」

「おじさん・・・・痛いんだよね・・・」

またボクの目がヒタヒタしてきた。

「お前の怪我よりたいした事ねぇよ、小僧」

「嘘だよ!痛いよ!!おじさん、それ痛いよ!!」

「小僧。・・・すまねぇな、今夜からはお前に星を見せてやれそうにない」

「・・・・・・・・・・ぐす」

「泣いてるのか?・・・ふふふ、まだ俺の為に泣いてくれるヤツがいたか。・・・・・あの死んじまった女の子は・・・両親が俺の事を捨てろって言った時、泣いてくれたなぁ・・・」

「いやだよ・・・おじさん」

「俺はこうしてニンゲンからだけじゃなく・・・・犬社会からもはき捨てられちまったんだな」

「・・・・・ボク、ずっとこうしていていい?」

おじさんの背中はあったかいから。

「ああ、ずっとそうしてろ。」

本当にあったかいんだ。おじさんの背中は。

 

翌朝、おじさんの冷たい背中の上でボクは目を覚ました。

おじさんはずっと眠っているようだった。

捨てられたらこうして死んでいかなきゃいけないのかな。

ボクは寂しいから、また冷たいおじさんの背中にのった。

 

 

動けないって大変だ。

もう食べ物もなくなっちゃったし、探しに行くのも恐い。

おじさんはもっと冷たくなって、身体が小さくなっちゃった気がする。

ボクもね、もうなんだか眠いんだ。

おじさんと一緒に眠りたいんだよね。

そうしようかなぁ。

 

 

「あ、ほら、いたいた」

聞き慣れない声がするよ。おかげで目が覚めちゃった。

「ずっと下で泣き声がすると思ったら・・・やっぱり・・・ほら、見てまだ子猫よ」

なんかお日さまと違うすごい眩しい光が当たってる。誰?

「わ!・・・なんか死んでねぇか?・・・親猫か」

「見て、怪我してる・・・・でもほら、すごくかわいい猫だよ、ね?」

「お前、また猫拾って・・・親父達にどやされるぞ」

「いいもん、今度は泣き落とすからさ」

ああ、これがおじさんの言ってたニンゲンかぁ。

 

ボクは拾われるの?

 

でも、ニンゲンは捨てる生き物なんでしょう?

 

拾ってから・・・捨てるの?

 

ボクたちを拾う理由は?かわいそうだから?

 

じゃあ、捨てる理由は?

 

ニンゲンは動けないボクを抱きかかえた。

何か言ってるけど、意味はわかんないよ。

でも、おじさんは飼ってくれた人の事をよくわかってたみたいだ。

長く飼われるとニンゲンの言葉や気持ちもわかるのかな。

それでもニンゲンは捨てちゃうんだね。

そのおじさんは今は土の中で眠っている。ニンゲンたちが埋めたんだ。

おじさん、おやすみなさい。

いままでありがとう。

あれ、またボクの尻尾が生えてきた。

切れてたボクの尻尾が生えてきた!

「ねーねーお兄ちゃん、見て見て変わってる。この猫、あの埋めた犬と同じ色の尻尾生えてる。尻尾だけ色が違うなんて面白いね」

 

 

きっと、おじさんが尻尾をくれたんだ。

 

今はビョーインというところで足も治して歩けるようになったよ。

おじさんの眠る場所で毎晩、星を見るんだ。

それからね。ボクはお日さまが出るとおじさんの眠る場所でゴロゴロするんだよ。

おじさんのおかげで。

ボクは捨てていた自分の人生を拾い直す事ができたんだ。

 

今夜は流れ星を見たよ。おじさん。