拾〜酸漿【ほおづき】

 

 

ほおづき

商業科3年A組 蔵掛 美弥

 

ほおづきの色 赤。

ほおづきの色 真っ赤。

太陽に透かせばいろいろ見える。

見えたら壊れる。

指で潰れる。

みんな嫌い。

鉛筆、消しゴム、お金、指輪

みんな持ってる。みんな嫌い。

ほおづきの色 赤。

ほおづきの色 赤。

 

 

「蔵掛、先生は身近なものを題材に自分との関わりを書いた作文にしろと言ったんだぞ」

タバコの煙臭い職員室に美弥はいた。

美弥は無口で背が小さい。

「身近にあるんです」

「しかし、思いでとか、そんなものはこの短文からは感じないぞ」

「・・・・・思いでなんてありません」

「・・・・・おいおい・・・自分との関わりのあるものが題材なんだ。これじゃあ、子供が書いた植物観察だ。・・・・お前、授業態度は真面目だし、他の教科の先生の評判も悪くない。しかし、卒業文集に載せるものにこれではまずいだろ」

「それ・・・・いつも見えるんです」

「?・・・ほお・・・・で、何が?」

「見えるんです」

「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」

「・・・とりあえず、せめてもう少し内容のあるものに書きかえてこい、なっ。さ、じゃあ、もう帰っていいよ」

「失礼します」

 

 

一人で帰るのはもうなれていた。

美弥は地面を見ながら歩く。

ただ歩く。

興味を注がれるのは蟻。

蟻の行列を見たら歩みを止め、しゃがみ込んだまま数十分、時には一時間以上眺めている事もある。

肌寒い季節になってきた。

蟻は姿を見せなくなってきた。

そんな彼女はあまり視線をあげるのは好きではない。

美弥にはおかしなものが見えるのだ。

誰かがかならず何かを胸に抱いているもの、それが見える。

例えば、さっきの国語の教師、彼は詩集だった。

よくちょっかいをかけてくるクラスの小此木裕子は胸に赤いコンパクトが見えた。

下校途中で自分の性器を見せてきたハゲの中年は、妻と子供だろうか、それらの顔が複数見えた。

帰りの電車は乗り換えが多い。

イスが空いていても決して座る事はない。

 

 

目を開いた。

ふと気がつくと電車のドアの前にしゃがみ込んで眠っていたらしい。

車内は奥の車両まで見えるが5、6人しか乗っていない。

美弥は慌てて窓の外の景色を見る。

見た事ない景色が流れていく。

ビルなどの高い建物の少ない寂しそうな街だ。

家はそれなりにあるようだが人の通りがあまり見られない。

ゆっくり走るこの電車も、気がついてみれば今まで乗った事もない電車だ。

ぼーっとしていたら乗ってしまったのだろうか。

美弥は次の停車駅でおりる事にする。

 

かんかんかんかんかん。

 

ふみきりを越え、電車は溜め息のような音を出して停車した。

白鐸駅。

「はく・・・た・・・くえき」

はじめて聞く駅名に戸惑った。

しかし、同時にいつもの悪い癖が出た。

・・・ここで飽きるまで散歩しよう・・・

美弥は散歩が好きだった。

特に町並みを見て歩くわけではなく、やはり地面を見たまま歩くのだ。

この街の空気はなんだか異質だった。

たまに視線を上げれば人はまばらで、車の通りはほとんどない。

十数分歩いたら、ある事に気がついた。

この街は自分によく似ている。

なぜかは分からないが、自分がこの空気の中で違和感なく歩いている。

この場所は同じ空気を持つ美弥を受け入れてくれているようだ。

ふとまた視線をあげると、道のワキある汚水の流れる溝の前でしゃがみ込んでいる中年の男性がいる。

中年男性の顔はよく見えないが、汚水の中に両手を突っ込み何かを探しているようだ。

横には汚水から見つけたものなのだろう、何かが陳列していた。

それは田螺(たにし)だった。

小さい小さい田螺はただ並べられているわけではない。

この中年男性のなんらかの法則にのっとって、形作られているように見える。

田螺は並べられて『エコロジー』と書かれていた。

中年男性が顔を上げて、汚水に汚れた腕でさわやかに額の汗をぬぐいとった。

額の流れていた汗は拭われただろうが、額に何かが残っている。

肉。

そう額に書かれていた。

美弥は不思議だったので彼を見続けていた。

肉の中年は美弥というギャラリーがいるのに気付き、気付いないふりをして、なんだか劇的に両手で汚水をかき回し始めた。

ときどき独り言で「ここね、ここがいいんよね、あいー」と聞こえる。

肉の中年は顔が次第に至福の表情になる。紅潮する。

美弥はうらやましく思った。

この男は交わっているんだと思った。

対象はなんでもいい、あの汚水でも、田螺でもいい。交わっている。SEXをしている。

何かうらやましい。

肉の中年は目をトロンとさせた。そして、急に真顔になって立ち上がる。

今度は赤鬼のような表情になり、並べられた田螺に罵声を浴びせながら今度は足で蹴散らし始めた。

なんて自由な人なのだろう。美弥はそう思った。

しかし、もうそこで一時間以上眺めていた事に気がつき、慌てて駅に走って戻った。

深緑色の電車が今、駅を出たところだった。

切符を買おうと思った美弥は路線図を探したがここの駅には何もない。

眼鏡の駅員が出てきた。

「帰りたいのですか?お嬢さん」

美弥は頷く。

「帰るべき場所が見つからないと・・・こうあなたはおっしゃるわけですね」

駅員の言葉に美弥は奇妙な感じを受けながら無言で頷く。

「それでは、まだここにいなさいな。ここはきっと居心地がいい。そして、楽しくない事はしなくても良い街だ。余計な噂や流れに支配されない自由の街です」

自由の街とは、またすごい所にきてしまった。

美弥はそう思いながらまた地面を見ながら歩いた。

歩いて歩いて歩いて。

地面が赤くなりました。

美弥は「まただ」と思う。

地面が赤く見えるのはもう何十回と見ている。

視線をあげるとやはりそうだった。

酸漿(ほおずき)だった。

ほおずきを胸に抱いた30〜40代の女性が立っていた。

ほおずきの彼女は立ち止まって何かを考えているようだった。

地面が赤いのは、陽光がほおずきを通って、赤い光となって地面に投射しているからだ。

こういった光景を美弥は幾度となく見ている。

そして、かならずそういった人物は何かをいつも深く考え込んでいる表情だった。

そして、この街に似ていた。

つまり、美弥にも似ていた。

美弥は逃げるようにその場から立ち去った。

街の中で地味な服装の中年男性とすれ違った時、彼から落ちた紙切れを美弥は拾った。

 

新装開店!!全品オール半額!!

今を逃したら後悔先に立たず!!

今日だけ!! はよこい!! はよこい!! はよこいっぺや!

 

はよこいっぺや。

美弥はなんだかこのフレーズが気に入り、心の中で何度も連呼しながら歩いていた。

その広告を見ながら歩いていたが、裏に何かが書いてあるのに気がつく。

『ティッシュ済み』

ただそれだけだった。

 

美弥は街を歩いている人を見た。

みんななにかを胸に抱いている。

ボールペン、テディベアのぬいぐるみ、カメラ、財布、若い女の子、死体。

胸に幽かに見える。

美弥は、肉の中年や駅員には何も見えなかった事を思い出した。広告を落とした中年も何も胸に抱いていないようだった。

いつものようにぼーっと歩く。

いろいろなものを見ないように。

ふと視線を上げるとそこは店だった。

店頭にはカレーの匂いの漂う靴や、チーズ臭い軍手、いたるところに目が描かれたグッズ、人間の女と象が笑って写っている『重貫な獣姦』というタイトルのビデオテープ、とあまり欲しくはなさそうなものが並んでいた。

「いらっしゃいね」

その声と同時に店内から大柄な中年男が出てきた。

額に肉と書かれた、あの汚水とSEXをしていた親父だ。

「いらっしゃいね」

「い・・いえ・・・」

中年肉男は美弥の顔を覗き込んだ。

「・・・・・・・・帰れ」

中年肉親父は低く呟いた。

「え?」

「かえれえええええええええええっ」

今度は大絶叫だ。

美弥はわけもわからず走って逃げた。

しかし、電信柱の影に入り、あの肉親父の事を見ていた。

なんだろう、あの店は。

はじめて何かに深い興味を抱いた。

店の看板には『紫屋』とある。

見ているとその店、先ほど見た胸にほおずきを抱いていた女性がやってきた。

女はしばらく肉親父と少ない会話をかわしていると、今度は泣き始めた。

肉親父はとくに慰めるでもなく、無意味に女性の前で腰を前後に振っている。顔はなぜか信号を確認するように左右にくるくると振っている。

本当にこの店はなんなのだろう。

「アレに興味があるんかね」

背後から声がした。

美弥は振り向かない。わかったのはこれは中年の女性の声だ。

「あの人・・・・なんですか?」

美弥は背後の女に問う。

「捨てる神あれば、拾う神ありってね」

「・・・・・・・はぁ」

「人が捨てたもの、もしくは落としたものは誰かの手に渡るようになっている。それは人間でない場合もあるさね」

「・・・・・はぁ」

「でもね、捨てた人や落とした人は・・・・また何かの因果で捨てたり落とした物にまた巡り会うもんさ」

「・・・・・・それはないと思いますよ」

美弥は溜め息混じりに言う。

「私は親に捨てられたんです。今は施設に住んでいるんです。名字もそこの施設の人と同じもので、親のいない子たちはみんな私と同じ名字なんです。・・・・・捨てた人や落とした人が・・・一度手から離れたものと巡り会ったとしても、嫌な気持ちになるんじゃないですか?」

珍しい。こんなに喋ってしまった。

「そうかい。確かに、この世の捨てるもの落としもの、すべて『紫屋』が拾うからね。でもね、運命までは拾いきる事ができないんだ。中には『紫屋』に拾われずに済んだものもあるだろうさ。・・・・・まあ、でも、この世のルールとして、落としたり捨てたりした人は、そのものに対して出会う事はできても、また自分の物になる事はないんだ」

「・・・・・・・・・あのお店・・・あの人・・・なんなんですか?」

「あれはね、拾う神だよ」

「・・・・・・・・・」

美弥はいつの間にか肉親父もほおずきを抱いた女もいなくなっている事に気がついた。

背後の女の気配も。

ただ、『紫屋』の店頭には新商品が置かれていた。

 

脈打つ心臓。

 

真っ赤なほおずきだった。

あの女は心臓を落とした。つまり命を失ったのだ。

しかし、誰がこの命を買うのだろう。

新商品の前に値札がたてられていた。

 

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美弥は思い出し、理解した。

自分が捨てられて施設に預けられていた時、しばらくの間、榎本美弥であった事。

そして、先ほど、因果で母親と出会った事。

目の前で母親が命を落とした、もしくは捨てた事。

そして、彼女が何かを後悔していた事。

自分が、人がこれから落とすものを見る事ができると言う事に。

 

 

ほおづきの色 赤。

ほおづきの色 真っ赤。

太陽に透かせばいろいろ見える。

見えたら壊れる。

 

ほおづきの色 赤。

ほおづきの色 赤。

 

 

 

 

続くかわかりません