拾
この街に引っ越して一週間になる。
駅は遠いけど、およそ生活に必要な店などはまわりにすべて揃っている。
多少、田舎臭い雰囲気だが悪くない。
栗田という名字が榎本になった。
新婚さんです。
お腹には子供がいる。
できちゃった結婚です。
身重な私だけど炊事洗濯なんでもやっている。
だけど、旦那は新婚早々、新潟に出張。一週間かえってこれない。
一人だったらそんなに洗濯物もでないし、食事だってそんなに量は作る事もない。
これからいろいろ忙しくなるんだ。
いまのうちに楽しておこう。
子供が生まれたら、しばらく大変だろうし。
天気がいいので洗濯・・・・と思ったけど、今さっきしたばかり。
そういえば、家に結構ないものも多いんだったっけ。
今日はいろいろ家に不足している物を買いに行こう。少し大きめの鏡とか欲しいよな。安物でいいんだけど。
玄関を出ると商店街まで伸びた下り坂が見える。
足の向くままなんとなく坂を降りていくと、途中で細い道があった。
車がギリギリ通れるくらいの本当に細い道。
私はなんとなくその道に入っていった。
本当に狭い。でも、なんだかおもしろい所に出れるんじゃないかという期待が私を導いている。
どこかで嗅いだ事のある匂いがする。
田舎で嗅いだにおい。そんな感じだ。
田舎臭い街だからって臭いまでなんて。
一人で笑った。とにかく変な道。
ただ、ブロックの塀がずっと続いてくねくねと伸びている。
どこまで続くのかなぁ。と思っていると道が開けた。
かんかんかんかんかんかん。
小さい踏み切りがあった。
静かな音を立ててローカルな雰囲気の電車が通っていく。
こんな電車通ってたんだ。深緑色の電車。
駅もある。
白鐸(はくたく)駅。聞いた事がない。
これに乗るとどこに出るのか気になる。
じっと駅を見ていると、駅員さんらしい眼鏡をかけた人が見ている。
ずっと見てる。私から目をそらした。
ちらりともう一度見たら駅員はいなくなっていた。
ちょっと買い物気分で出たんだし、買うもの買ったらすぐに帰ろう。・・・と考えていたら、かんかんという音が止み、踏み切りが開いた。
向こうからは人陰が一つしか向かってこない。
地味な服装のおじさんがすれ違った。
おじさんは通り過ぎる時に何かを落とした。
それは私の足元に舞い静かに地面に落ちた。
紙?
「ちょっと、何か落ちましたよ」
おじさんは振り向かない。でも足は止めた。
「それ、この先にあるお店の広告です。いってみてはいかがですか?」
そういうと、また歩いていってしまった。
「・・・・・へんなの」
紙を見るとそれはマジックか何かで殴り書きにしたものをコピーした、本当に適当に書かれた広告だった。
新装開店!!全品オール半額!!
今を逃したら後悔先に立たず!!
今日だけ!! はよこい!! はよこい!! はよこいっぺや!
「・・・・・・・・・」
一瞬そのチラシを捨てようかと思ったが、よく考えてみれば「こいっぺや」の表現は斬新だなと思い、きれいに折り畳んで財布に入れようとした。
何かが書いてあるので気になってもう一度広げる。
チラシの裏には主人らしき人物なのか、似顔絵があり、口元からふきだしが出て「この先15分くらいかね!?」とあったが、地図もないし、どこから5分の場所なのかが分からない。
主人の似顔絵はおそらく自分で書いたものであろう。目がキラキラとしていて爽やかに笑っている。
おでこには肉と書かれている。
なんとも中途半端なウケねらいのチラシだ。
とにかく行く気はない。というか行けるはずもない。
15分くらいかね!?なんて、微妙に本人も自信がない案内をするな!!その癖、思い切りのいい書きっぷりだ。
それに店の名前もないのだ。
とにかく、変なチラシだから家に持って帰って今度友達にでも見せてみよう。
踏み切りを越えてしばらく歩くとなんだか不思議な店が見えた。
店頭におかれている物は・・・・・これは商品なのだろうか?
『ホルモン』とマジックで書かれたバイクヘルメット。
小学校の頃に流行ったアニメのソフトビニール人形(首だけ)。
爪きりと切った爪のセット。
15万円の値がついている「すぐできる、わんこそばセット」。
異臭を放つ牛乳パック(なぜか黒薔薇の造花が添えてある)。
なんなの、この店・・・店?店なの?なんか売ってるわけ?
私が並んだ商品とはいいがたいものすべてに視線を向けていると店の中から大柄な中年の男性が出てきた。
「いらっしゃいね」
おでこの肉の字。
ここか!
「あの・・・・ここは何屋ですか?」
「ここは紫屋です。いらっしゃいね」
金髪の中年は首を振り振り応えた。
いや、店の名前聞いてるんじゃないんだけど・・・。
「これ最高、これ」
肉(主人をこう呼ぶ事にする)は汚い硬球を手にとって差し出してきた。
ボールにはこれまた手描きで『ガルベス』と書かれている。
おいおい。
「これ・・・・なんです?」
「デートにもいいっぺよ」
意味が分からない。
そうそうに立ち去ろうと思った。その時、がらくたの中に私の目を引くものがあった。
「あああああっ」
それを手にとって更に私は叫ぶ。
2年前、一人で住んでたアパートの近くのどぶ川に落として諦めていた指輪だった。
これは特注で、私のイニシャルと生年月日も刻んである。もちろん今持っているこの指輪にも刻まれている。
「ちょっと!・・・これって私のなんですけど」
「え?1万5千円です」
「うわっ、中途半端な値段・・・じゃなくって!!・・・・そうよ、これって拾ったんじゃないですか?」
「ええ、もちろんですね」
「・・・・・・・・」
絶句しました。
「お姉さん、ここではこれは常識なのよ」
いつの間にか私の隣に太ったおばさんがいる。化粧は濃いが服は地味だった。
「お、いらっしゃいね、ブタ」
「はいはい、こんにちわ、爪垢」
なじみの店らしい。
なんだか不愉快なニックネームでお互いを呼び合ってニコニコしている。
「お姉さん、この紫屋はね、置き去りになった物達を引き取っているお店なのよ」
「ちょっと・・・って事は・・・・ここの商品はぜんぶ拾い物?」
肉がニコニコとした表情で私に一枚のカードを渡した。
名刺だと一瞬でも思った私が馬鹿だった。
2度ほど残った力士の写真のテレホンカードだった。
「ここはね、誰かがいらないと思ったもの、落としていったものを・・・・大切に拾って保護してくれるの」
「じゃあ、これも」
私の指輪を見ておばさんは首を横に振った。
「一度自分から離れたものは、決してもう身につかないわ。また手元に戻そうと思っても、それはすぐにいなくなってしまう、諦めた方がいいわよその指輪は」
「いらっしゃいね」
肉はそれしか言えないのか。
「あら、あなた、大阪から?」
「え・・、あ、はい、実家は大阪です。・・・・なんでわかるんです?」
太ったおばさんは鼻くそをほじくりながら言った。
「お姉さん、関西弁使うの我慢しているみたいだから」
「我慢してませんよ。旦那がこっちの人間なんで長い事付き合ってたらなれてしまったんです」
おばさんの鼻くそがついた指先の今後の旅の行方が気になる。
「とにかく・・・これ・・・私が買い取ります・・・・ちょっと今持ち合わせがないから・・家に取りに帰りますから」
「いらっしゃいね」
肉は笑顔で言った。
私はまた元に来た道を戻り、踏み切りを渡る。
向こうからは先ほどすれ違った地味な服のおじさんが歩いてきた。
すれ違う時におじさんは何かをぼそりと言った。
「落としましたよ」
私は「え?」と思って辺りを見回した。
どこにも私が落としたらしきものはない。
ポケットの中身も確認する。
財布も鍵もある。
なくすべきものが何もない。
振り返るとおじさんはもう視界から消えていた。
不思議な感覚を覚え細い道に入り、坂に出た。
坂を少し上ると自宅が見えた。
自宅の前で近所の奥様連中が集まっていた。
その中の一人が気がついたのか、こちらに手を振ってきた。
「この家に引っ越してきた方でしょ?」
私はわけもわからずに、とりあえず頷いた。
すると何かが入った黒いビニール袋を手渡された。
かなり重く、中で何かがドブドブと音をたてている。
「なんです?これ」
「紫屋に拾われる前に私達が拾っておいたの」
近所の奥様連中は人の良さそうな表情で私の周りを囲んだ。
「あの肉親父に拾われたら、2度と戻ってこないからね」
肉親父?・・・・あいつの事だ。肉の親父がなんだって?
「あの・・・・・これって・・・」
「奥さん、まだ引っ越してきたばかりで何も分からないと思うけど、ここでは『落とすな』というのは何よりも守らなくちゃいけないルールなのよ」
落とすなとは、なんかのルールだろう。
車のスピードなら、「落とせ」だ。
「それだって私達が必死に回収したのよ」
「・・・?・・え?」
「落としちゃだめよ、奥さん」
私は黒いビニールを開いてみた。
袋を開くと血の匂い。
血がたっぷり入っていた。
その血溜まりに漂っているのは・・・・かぶと虫の幼虫のようなものが入っている。
胎児。
「だめよ、奥さん・・・自分の子供・・・・落としちゃ」
続く