翌日、意外な所からの電話が来た。

俺が、屁が原因で首になった大照不動産の上司だった。

相談したい事がある、今から行くから会ってくれないか・・と。

 

 

 

元・上司の中根正三(43)は、一時間後に部屋を訪れた。部屋の中の異臭にやや眉をしかめていたが、すぐに取って付けたような笑顔に戻って「ひさしぶりだな、竹美くん」。

俺は無言で頭を下げて「どうぞ」。

 

 

菊子がテーブルに安い茶を置き、これまた安い茶菓子を出した。

「あ、どうぞお構いなく」

「いいえ、どうぞごゆっくり」

菊子は俺たちの会話の邪魔をしないようにと、部屋の隅で正座をして座っている。

俺と元・上司・・・しばらく無言で二人は茶をすする。

「あの係ちょ・・中根さん・・・今日はどういった御用件で」

中根は額に流れる汗を拭いていた。暑さの汗でない事はわかった。

「実は・・・君にこんな事をいうのは非常に・・・なんというか・・・」

「どうぞ、なんでもいってください・・・あ、今みたいに放屁してしまう事がありますが、それでもお気になさらなければの話ですが・・・」

「まだ、そちらの方は健在なんだね」

「え・・ええ・・まあ、おかげさまというか・・・なんというか」

中根は鞄から一枚の広告を出した。

「これは・・・今回、我が社が担当する事となった、新築のマンションなんだが」

「豪華な作りですね」

潰れる寸前の会社が最後に掴んだ命綱って事か。

「うむ、芸能関係の入居者が多い。芸能人は・・・詳しいかね」

「ええ、まあ」と俺はいい加減な返事をした。

「ここに・・・浅香ラヴも住んでいるんだが・・」

「ええっ!!!!」

「知っているかね?」

「知っているも何も・・・俺、あまり芸能人とかで騒ぎませんが、彼女だけは写真集も買いましたよ!!」

「実は・・・彼女と会って欲しいんだ」

大きめの屁が出た。

「あ、いや、すいませ・・」

「いや、君、それでいいんだ!」

「え?」

「それでいいんだ・・・」

 

 

俺は事情をよく聞かされないまま、そのマンションの浅香ラヴの部屋の前に立っていた。

マネージャーがインターホンを何度か押すが、応答なし。

だが、ようやく15分くらいたってから浅香ラヴはゆっくりとドアを開いた。

あの夢にまで見た美しい顔が、ドアの隙間からわずかに見えた。

「?・・・彼は?」

マネージャーはラヴにこそこそ話すと、俺の背中を押した。

するとラヴが俺の手を掴んで、部屋に引っ張り込んだ。

そして、ドアの鍵を閉める。

俺はあっけにとられ、出してはならぬ音を出してしまった。

途端に浅香ラヴの顔が涙ぐむ。

「???」

あれ・・・浅香ラヴ・・・こんなに太っていたか??

ていうか、太り過ぎだ。

「竹美さん・・・いや、先生と呼ばせて下さい」

「せ・・・先生ですか?」

「はい、おならの先生」

「呼ばないで下さい」

 

 

 

話はわかった。

彼女はここ一年以上、放屁がないというのだ。

芸能人という立場が仇となって、いつも放屁の時が来るとガマンをしてしまっていたのだ。

では、今の太り具合は全て腹に溜まったガスの為・・・。

彼女は泣きながら俺に、

「おならの出し方を教えて欲しい」

そう言った。

俺はさすがに憧れの女神の前でも怒った。

 

「いいですか!?おならってのは生理現象なんです!」

 

「自然に体が排出しようと行ってくれている、運動なんです!」

 

「出し方を教えて欲しい?」

 

「馬鹿にしないで欲しい!俺は出さない方法を考えているんだ!」

 

「あなたは芸能人という名札を捨てられますか!?」

 

「他人の前で大きなオナラをして『ごめん遊ばせ』で通せますか!?」

 

「自分のオナラの臭いを愛せますか?せめて、自分一人の時には自分の出したものを鼻で愛でるべきです!」

 

俺は何を言っている。

これじゃ、屁の味方だ。

しかし、彼女は泣きながら頷いた。何度も何度も。

いい事を言ったらしい。

「ええと・・・とりあえず、出そうになった時、ガマンをするのではなく・・・出す方向に導いてやる事が大切です。しかし・・あなたには仕事がある。つまりイメージが大切です。それはわかります。俺だって、あなたの大ファンだ。理想の天使であって欲しい。」

素直に頷く僕の天使。

「だから、そういう場合はする場所を探すのです。人目がない場所。トイレでもいいです。そして、目標を定め、最短距離のルートをまず目で追うのです。穏やかな目つきで、しかしその視線は鷹の目のごとく」

素直に頷く僕の天使。

 「トイレまで間に合わないな、という時は外でするんです。俺から言わせればオナラをする為にわざわざトイレに入るなんて、外国の貴族がやる事です」

「そういうものですか?フランス人は・・ウンチも昔は外で」

「ウンチなんていわないで。黙って聞いて下さい。ですから、ようは音さえ自分から発した事がばれなければいいんです。臭いなんかは他人のせいにしなさい。だからまわりに音がある場所ですればいい」

「静かな場所しかない場合は?」

「自分が騒ぐんです。・・・・いいですか?本当の美は健康な体です。我慢して美しいのは『おしん』くらいです。」

「『おしん』?」

「とにかく、今夜から主にイモを食べて下さい。そして、オナラのチャンスが来たら、むしろ出す為に力を入れて下さい」

「・・・わかりました!!やってみます!!・・・・・・先生・・・ありがとうございます!!」

 

 

感謝の視線を背中に浴びて、俺は部屋を出た。

なにか、釈然としない理由でサインをもらって。

 

外でどこからかドンという音が聞こえた。

季節外れの花火だったのか。

 

 

その頃、世界中で無差別テロが起こっていた。爆弾テロだ。

しかし、犯行声明はどこからもおくられず、爆弾の欠片さえも見つける事ができないという・・・。

それは世界の何処で起きるかわからない・・・本当の無差別爆破だった。

ある時は、ハワイの空港が吹き飛ばされ・・・ある時はアメリカの地下鉄が犠牲となった。

主に多かったのは介護施設での爆破テロ。

非情なテロリストだ。

さらに、一般家庭を襲う事件も増えはじめた。

目的は?

その組織は?

その危険範囲は・・?

なぜに世界中を?

 

答えは・・・・それが下の人類が起こす、上の人類全てに向けての攻撃だったからだ。

上からの『風邪』というウィルス攻撃に向けての、報復だった。

 

 

 

 

 

続く