屁
部屋では菊子がエプロン姿で待っていた。
「おそかったのね」
「あ、ああ、ちょっと後草町まで屁をしに行ってきたんだ」
「そう、お疲れさま」
「いや、疲れてはいないけど・・・」
テーブルの上を見る。前日の晩飯よりも豪華だ。
「なぁ、お前無理すんなよ・・・俺とお前だけが食べるだけなんだからさ、金よぉ、ばかになんないだろ?」
菊子はキョトンとした表情で俺を見ている。
「お金って?」
「・・?いや・・・って・・金だよ。金!!お前そんなに貯金あるのか?」
菊子は笑った。
「いやだぁ、カズキさんが貧乏なのに、お尻の私がお金持ってるわけないでしょう」
「おい、じゃ・・・どうしてんだよ・・・・これ」
「泥棒なんてしてないからね。リサイクルしてるだけ」
菊子の言っている事を理解した瞬間、俺の屁と悲鳴が同時に部屋に響いた。
・・・・・菊子は俺の不純物をリサイクルしていた。
どうりで最近お通じがないと思ったんだ。
ないというか横からかっさらわれた感じがしたんだが・・。
菊子は俺の出しているモノがまだまだ栄養分がたっぷり残っているからといって、それを使って料理を作っていたというワケさ。
俺や康男がその料理が漂わせる香りに唾をなんど呑みこんだ事か。
どれだけそのできを誉め讃え、満面の笑顔でほおばって、「おかわり」という言葉をくり返した事か。
信じたくはないが・・・俺たちは俺のクソを喰っていたんだ。
俺のクソはここでは細かく説明しないがとにかく・・・よくないものだ!
この事は康男には死んでも言えない・・・・・。
殺されちまう。
「ねえカズキさん」
「なんだよ」
俺は少し声のトーンを低くして返事をした。同時に鈍い音の屁が出た。なんだか悔しい。
「わたし・・・カズキさん好き・・」
「は?・・・お・・・おい・・・あのな」
人にクソ食わしといて何言ってるんだよ・・・こいつ。
「ずっとあなたを見ていたんだもの・・・ね、いいでしょ?」
「ちょ・・・ちょっと待て!!いいでしょってなんだよ」
「んーん、ただ・・・好きでいてもいいでしょ、って事」
俺はなんだか顔が紅潮してきたようだ。相手が俺の尻だからといって、外見はかわいい女の子だ。面と向かって告白されるなんて滅多にないからちょっと嬉しい。目の前の菊子は潤んだ目で俺を見つめる。
「まあ・・・好かれて嫌な事はないけどさ・・・」
俺は目を背けながら言った。
「ありがとう!・・・ありがとう!!!・・・・・・・・・・じゃあ・・・言わなくちゃね」
菊子は涙を流した。
すでに時は熟していたのだという。
世界中の人間が世代交代をする時がやってきたの。
菊子は涙を拭きながら言った。
はは、意味が分からないよ、菊子。
俺はそう応えるしかない。
それからも不可解な現実の説明が、菊子から俺に語られた。
人類は本当は二つの生命体だった。
なんら不思議な事はない。
一つの遺伝子内で異質対立遺伝子が突然変異する事だってあるのだ。
最初はシャム双生児みたいなのを連想したけど、そういう事ではなく、通常に一生命として活動している人間達は皆、二つの生命を背負って生きているのだという。
これを知らなかったのは人類が無知だっただけという理由で片付けられるだろうか。
おそらく、一部の研究者たちは知っていたのだ。何らかの理由でそれが公表されていないだけだ。
何も知らない俺たちの体から、もう一つの内なる存在が時期を見て表に出ようとしているのだ。
自分の下半身が、「イママサニ」現人類と逆転しようとしている・・・。
つまり、今まで尻だったものが頭となるわけだ。
今、目の前にいる菊子は俺の「逆体」という事になる。(彼女の尻が俺の頭になるという事だろう)
人類誕生から長い年月の果てに、いよいよ現人類は交替時期を迎えた。逆さまになる時が。
なぜそうなってしまうのかはわからないが・・・今まで「上の種族」が言葉を話し、栄養を摂取し、すべての決断を下していた。
その一方では下半身にまつわる話題は忌まれたり、汚がられたり、卑猥な話題の主題となったりしていた。思ってみれば下半身ほど不祥事を起こすものはないだろう。
俺はどうも緊張すると下半身の弁がゆるむ。これも厄介だった。
テレビや新聞で騒がれているあの芸能人の不倫問題も下半身がなければ起こらなかったに違いない。上半身は裸でもあまりおとがめはないが、下半身裸は大問題。というか「猥褻物チン列罪」になると思う。
嗚呼、忌まわしい下の肉体。
しかし、人類はもっとも崇高で気高き存在が、天の存在ではなく「下」の存在だという事を今もほとんどが知らないのだ。
これからも知る事はないのかもしれない。
だが「屁」や「糞」「小便」などの「排泄」に分類される行為は人間に、いや、これからの人類記後半にどれだけ重要な事なのだろう。だって人類記後半はそっちがメインなんだろう?
確かに「上」人類はいらん科学力で自然をなくし、現在の地球規模の経済破綻を招き、国・人種によっては殺し合いをする「地球に優しくない」寄生体かもしれない。
しかし菊子の言葉から判断すれば、「上」人類はこれから起こる事の基礎造りをしてきただけだったという事になる。排除されるわけではないらしい。
これから起こる事って?
菊子は答えなかった。
とても「上」人類が理解できる事ではないらしい。
俺は菊子から聞いた。
今、「屁」が暴発しているのは「上」人類が何らかの抵抗をしているだという。
もちろん、「上」の脳はそれを意識的にしてはいないだろう。
「上」人類は種の判断により、全人類の下半身に向けてたちの悪いウィルスを送り込んだ。
それが菊子たちの言う「風邪」なのだ。
「上」と「下」が激しい衝突をすればミサキのように爆死するかもしれない。
俺は「独りにしてくれ」と言って部屋を出た。
俺が部屋にいる間に少し雨が降ったのかもしれない。
アスファルトの、濡れてなんとも言えない臭いが鼻を突いた。
路面は黒ペンキを塗ったように黒光りし、そこにできた水たまりが俺の顔を写していた。
この顔がもうすぐ下半身扱いになるのか・・・。
なぜ、俺は菊子の話しを信じているんだ?
普通なら、下らない馬鹿話で終わる事だが・・・俺はこれを『タタカツ屋』で知ってしまっていた。だからだろう。
spore core+per os +Ag2
これが『スッポコペロンのアギアギ』・・・・。
境骨という男も言っていたな。
「うまくいけば人類は『アンフィスバエナ』だ」
意味がわからない。
そんな俺を嘲笑うかのように屁が鳴った。
今の屁は菊子の言葉なのかもしれない。俺は孤独にはなれないんだ。
俺と彼女は一心同体・・いや、一身同体だから。
そして、いよいよ街に「はじまっちまった」んだ。
続く