屁
「どうか、私と一緒に暮らしてもらえませんか!?」
目の前の彼女は潤んだ瞳で俺を見た。
「え?」
彼女の瞳は潤いが弾けて雫となり、頬につたわせた。涙を。
彼女は仲間だった。
名前は質二ミサキ(シチニミサキ)。
俺と違うところは、俺が「ブッ」とか「ボブッ」なら、彼女は「プゥ」とか「ピッ」らしい。
らしいというか、この耳で聞いた。もちろん俺の音も披露した。
そして、危険信号は俺の場合は「ブリッ」で、彼女の場合「プチッ」のようだ。
俺のはどちらにしろ汚らしい。
「ブリッ」なんてもうすでに具が出ているんじゃあないのか?
彼女の「プチッ」なんてかわいいもんだ。泡が弾けている感じで。
バブル崩壊をチクリと風刺し、それでいて愛らしい屁だった。
・・・俺はいつから屁の批評がこんなにうまくなったんだ・・・。
とにかくこんな美人の彼女ができたんだ。
そう、彼女だ!!
しかも同じ境遇にいる、すべてを分かちあえる人間なんだ。
もう屁なんて苦にならない。
よし!彼女と暮らす為に仕事を探そう!!
俺は職探しをはじめたのだった。
必死だった。
彼女ともっと一緒にいたい。しかしどんな暮らしをしたって金はいる。
できる事なら二人揃ってこんな病気から脱出したい。
・・・・・だけど、この屁が・・・二人を取り持ってくれたんだよな。
ミサキは噂で俺の事を聞いてやってきたと言っていたが、そんなに俺は有名になってるのか。
月日が過ぎていった。
ある日、ミサキは自分には友達がいないといった。
もちろんこんな病にかかる前は多くの友達に囲まれて楽しい日々を送っていた。
しかし、ミサキがところ構わず放屁するようになってしまったので、一人・・・また一人とミサキの前から友人は消えていったのだ。
実家では両親でさえも冷たいという。
親戚の結婚式や葬式でどんなかわいい音でもその行為は許されない。
彼女の涙は・・・あの出会った日に見せた涙はそういった今までの孤独と苦しみの日々が流させたものだったのだ。
そんな時、街でオレの噂を聞いた。
俺の屁はといえば彼女のくれた日々のお陰か・・・止まる事はなかったが勢いはこれ以上増す事はなかった。
毎日お互いの顔を見ながら放屁した。
俺はミサキの屁はかわいいと思う。
なんだ、屁は愛おしく思う事だってできるんじゃないか。
そうだとも、人間、毎日あくびするじゃないか。
これは下半身のあくびなんだ。
現に俺は今働いている職場では40過ぎたおっちゃんたちの人気者だ。
「屁五郎」などという、普通付けられたら憤慨の対象となるニックネームでさえも今の俺には嬉しいものだ。
しかし、現実とは残酷だ。
そんな安らかな日々は続かない。
ある日を境にミサキの屁は出なくなった。
彼女は腸の病気だったのだ。
どうやら俺に隠れて彼女は病院に通っていたらしい。
ミサキは「あなたも病院へいきなよ」と言っていた。
だが、俺は実は何度か病院に相談をしていた事があるのだ。
ミサキと共にこの病が治せればと、恥を忍んで一人で検査をしたのだ。
しかし、俺の担当をした医師は首を横に振った。
原因不明、治療不可能。
俺はミサキにはその事は告げなかった。
だが、どうだ?
彼女は俺に内緒で病院に行っていた。
しかも、今では治療済みだ。
そう・・・。つまり、俺とミサキの屁ではまったくケースが違うものだったのだ。
彼女は腸の病気、こっちは原因不明の難病。
俺は幾晩か考えた末、ミサキに俺の方から別れを告げた。
もちろんミサキの事を思っての事だ。
最初、彼女は「なぜ?」「どうして?」を連呼していたが、俺が何度も首を横に振っていたら彼女は無言で部屋を出ていった。
それっきりあれから会っていない。
また孤独な日々が戻ってきた。
たまに康男と会って晩飯喰ったりするくらいかな。
仕事場のおっちゃんとも現場以外では付き合いはない。
結局、神は俺だけを選んだんだ。
今頃、ミサキは新しい彼氏ができただろうか。
できたろうな。
屁もでなくなったんだし、顔は美人だ。
そんな俺の日々を無視するように、世間ではある事件が騒がれていた。
爆弾魔。
民家やマンション、ファーストフード、レストラン、ライヴ会場で相次いで爆破事件が起こっていた。中には個人だけ狙われてしまった者もいる。
でも、いいじゃないか。
こいつら、死んだら誰かが葬式で泣いてくれるんだろ?
俺なんて死んでも、誰も来ないぜ。
写真だって、俺の放屁の瞬間の「悩んだ犬」みたいな表情を写したものだろ。
親戚とか来たって、笑い話の方が多いんじゃないか?
葬式中に屁が出ようがおかまいなし、逆にめでたい、屁出たい、とか笑い話になるかもな。
だって死んだ奴は屁のプロフェッショナルだからな。
火葬したら爆発するかもしれない。笑った奴等もろとも爆死!
はっはっはっ・・・・。
はぁ・・・・。
こんなに真剣に苦しんでいるのに俺の尻ってヤロウはさっきから・・・ちくしょう。
俺は仕事だけはやめないと決めた。
なぜかって?
プー太郎って響きが今の俺にはその言葉の意味以上に嫌だからだ。
ミサキと別れて三ヶ月、俺の屁は今では爆音だ。
最初は近所から苦情が出たが、俺の深い事情を知ると誰も哀れんで言わなくなってきた。
俺は家にいる時は座布団を肛門に押し付けてブッコク事にしている。
こうすれば、いくらか音が和らぐというものだ。
というものだ、なんて言っている場合じゃない。
最近は排便中が困る。
汚い話で申し訳ないのだが、大便がロケットのように噴出するのだ。
尻に水飛沫を浴びるし、腹を壊している時なんて霧状になって出てくる。
恐ろしいものだ。
前はトイレットペーパーで尻を拭こうとしたらその時に出やがって、トイレから一反木綿のようにトイレットペーパーが飛んでいくんだ。
茶色い霧を浴びた「俺の一反木綿」は扉を越えてどうやら、小便中の現場の親父の首筋を優しく包んだようだ。
洋式なんて最近は恐くて座れない。
俺の尻で密閉されているせいなのか、この間放屁直後に俺の体が10センチほど浮いた。
今後の事を考えると洋式は恐ろしい。
尻を洗浄してくれるトイレも絶対使わない。
あんなもので刺激されたらすぐに出るからな。
・・・・・・・・・・・
俺はこの歳になってなんでこんな事で悩まなくてはならないんだ。
・・・・正直、死にたくなってきた。
ある日仕事を終えて部屋に戻るとチャイナ服の女が座っていた。
続く