蛾鬼

 

 

さあ、お前の衣は私が用意した。着るといい。

とても、美しいじゃないか。

その美しいまま、、、お前を犯すとしよう。

暴れよ。、、、、お前。、、、暴れよ。

 

 

 

不自由するときといったら、歳を聞かれたときぐらいだ。

私の年令で、すべてを持っているというだけで、世間の目が厭らしくなる。

哀しい事だ。

私はただ、そういう家に生まれ育ったというだけで、一生その視線の中で生きねばならない。

今まで多くの女が私を求めたが、そこに求められているものが私自身ではなく、私の家に有る事を知ったとき、女を愛さなくなった。

過去を回視してみれば、私自身が愛され、あるいは、私が誰かを愛する事などなかった。

考えてみれば、血の繋がった者たちにさえ、愛の情を微塵も抱かなかった。

血が繋がっているからこそ、ひどく嫌悪感を抱いていたかも知れない。

何人の女を抱いたかわからない。

しかし、行為が終わった後に巻き起こるものは、やはりこれも嫌悪だった。

ただ、そこいらの娼婦よりかはいくらか多めに金を包んで渡すぐらいのものだ。

行為の後は、すぐに風呂に入り、忌わしい女達の感触を洗い流す事にしている。

 

 

 

 

梅雨で、しとしとと雨が降り続く日々が一年の中で最も好きだった。

傘を握る手に伝わる、雨の感覚。

何も考える事なくそれでも生きているという、けだるい日々の中、その雨が傘に当たる感覚だけが私の神経が働いているという、かくたる証拠となる。

私の神経はいつ止むかもわからぬこの雨の振動を、脳に絶えず送り続けている。

雨の小刻みな振動が、脳を小刻みに震わせるのである。

 

足下の水たまりを踏んで、パシャリという音がした。

こんな夜。たった一つの街灯の明かり。

その明かりを反射するものが、水の中にあった。

それは橙色の美しい着物を着た生き物。

両手を広げるように水に浮かんでいた。

蛾。

橙色の着物の中には、紅い斑紋が幾つか見られる。

体を縁取るように、金色の光が包んでいた。

その鱗粉の光に包まれたこの蟲は、私が荒立てた水の動きにたゆたう。

不思議と、鱗粉の光もその体の動きに合わせて、その形を崩そうとしない。

私はこの美しい蟲が嫌いだった。

街灯に集まって飛び交うこの蟲の姿は、蝶のように決して優雅ではなく、何か慌てたような、必死な動きをする。

そして、何を求めているのか、熱を帯びたその明かりに自らの体を打ち付け、激しく粉を舞い散らせる。

おぞましい。私にそう思わせる蟲なのだ。

そして、その蟲は何をもとめていたのかも誰にも知られぬまま、こうして派手な死骸を晒す。

死んでまで、、、美しくありたいのだろうか。

私にはその美が、とてもグロテスクな絵画を彷佛させるものにしか感じられない。

 

 

そんな夜だ。

彼女と出逢ったのは。

彼女は鳩羽鼠色の着物をまとい、同じ色の傘をさして、私を見て妖しく微笑んでいた。

まるで、たった今、舌舐めずりをしたかのように、淫らな艶を持った唇を歪めて。

 

 

 

どんな会話、理由、感情があったかなどは覚えていない。

気が付けば、屋敷の私室で、彼女と交わっていた。

私は異状とも思える激しい興奮を彼女の発する何かに感じ、愛撫もろくにせずに、着物もろくに脱がせずに行為に及んだ。

私と女が掴み合うように交わり、しばらく過ぎてようやく女は衣を私に剥ぎ取られる。

溶け込んだ私の体が、彼女の想門に吸い込まれるようだった。

 

 

私はいつものように、いや、娼婦めいた女どもに渡すよりも多く、彼女に向かって札の束を投げた。

彼女は目の前でばらまかれ、部屋中に舞い散っている金を、細い目でひとしきり愛でると立ち上がった。

彼女の体は、私のものか彼女のものかわからぬが、異様な量の汗で照り輝いていた。

彼女はそのまま金の絨毯に倒れ込み、「私はミヤ」と名を言った。

行為が終わった後の、金を抱く女の姿は見る価値のないものだ。

私はいつも金を渡したらすぐに、部屋を出るよう女達に言う。いつもなら。

しかし、ミヤのその姿は違う。

先程までの淫ら極まりない行為の続きのように、途切れ途切れの吐息と、独特の匂いを放つ、美しいものだった。

彼女は金の海で泳ぎ終えると、ゆっくりと立ち上がり私を見た。

体中に金の紙衣をまとうミヤ、まるで蓑虫のようだね、私はそう言って笑った。

この時は笑えたのだ。

今思えば、この女との交わりは、いつもこんな荒々しい始まりで、私は彼女をぼろぼろにした気持ちで快感にふけり、彼女に優しくかける布団の代わりに、札束をまいていた。

 

 

何度、彼女とこうして交わったか。

最近、私は彼女の気を引く事に必死だった。

交わっているだけでは、彼女を手に入れた事にはならないのだ。絶対的な支配がしたかった。

そう想わせたのは、ミヤの視線だ。

彼女の視線は私の事を見ているように見えるが、何か別のものを見つめられている気がする。

ミヤ。彼女は私に何を求めてあの日、近付いてきたのか。

何の為に、どんな理由でこうして交わるのか。

彼女は私の財産に深い興味があるわけでもないらしい。

、、、、、、、、、理由などないのかも知れない。

その理由のない接触は、あの蟲のようだ。

無意味に寄り添おうとする、理由など求めない接触。

 

 

彼女は乱れる。

そう。交わっているとき、彼女は一変して乱れるのだ。

他人が私達の法悦を見たら、それはどう目に映る事か。

まるで私は彼女を犯し、犯されている彼女が身悶えているように。まるで、、、まるてで。

そう見えるだろう。

彼女は狂ったように床の上で暴れはじめる。

悦楽や抵抗による行動ではないと思う。

まるで、必死に泳いで、あるいは飛んでいるようにも見える。

なんなのだろうなあ。

 

 

 

ある時、私は彼女と交わる部屋全てに金粉をばらまいた。

これも彼女の興味を引く為であった。

 

 

行為の後、二人の体は金粉まみれになった。

満遍なく総身に金粉をまとう彼女は、別の生き物となった。

美の野生、、、、美獣。

わたしはといえば、まばらに体の各箇所についた金粉が汚らしくさえ見える。

それにしてもなんという事だ。

この女、、、美しいという簡単な言葉では片付けられない。

「美しい・・あまりにもお前は美しすぎる。・・・なあ、お前。お前は本当にこの世のものなのか?」

私は思わず口にした。

「アタシが、隠り世の人間に見えますの?」

ミヤは首を少し横に傾け、ねと付くような声で言った。

 

 

 

今晩も、雨の夜だ。

私はミヤの手酌で、金粉の入った酒を呑んでいた。

味や風味などの事は考慮されず、飲む者の見栄が諸味となった酒だ。

そして、ミヤの手料理を震える手でつまむ。 

 この手の震えは最近起こるようになった。

ミヤはイシャに行く事を望んだが、これは単なる疲労の為だと言って、私は断固としてイシャには行かなかった。

医者が嫌いだったのだ。

衛生的に見えるが、実は不衛生な患者が集まる、狭い箱。

そんな所で一日中呼吸している医者。

すべてが不衛生に思える。

 

そんなわけでイシャへはいかない。

 

 

薄暗い部屋に、紫色がかった行灯の明かり。

この色は、初めてミヤと出逢ったときに、彼女がさしていた傘の色と同じ色だ。

彼女を取り巻く全てのものがとても艶かしい。

部屋には、彼女の用意した香が香る。

これもまた淫らな気持ちにさせる。私の鼻腔にヌスルリ、ヌスルリ、と入り込む煙が、すべての内腑を愛撫し、何かへと変わって体内で蓄積しているようだ。

支那の惚れ線香でも焚いているのだろうか。

私と交わった後、彼女はいつも化粧を直す為に数時間、化粧部屋にこもる。

恥ずかしいから、化粧部屋の中を見ないで欲しい。と何度も言っていた。

そうやって、化粧部屋に入る前に、必ず何度も念を押す。

一時間たった今も彼女は化粧をしている。

私はといえば、恥ずかしながら、もう一度交わりたい、とでもいうかのように硬直していく生き針を、汗で湿った掛け布団で覆い隠すのである。布団越しでも脈を感じて、さらに恥ずかしい気持ちが盛り上がる。

この数時間、とても長い。

私は、彼女の美を保っているものが、この化粧部屋での数時間に行われている気がしてならなかった。

 

化粧部屋の小窓からは、曇りガラス越しに彼女の美しい視留影人(しるえつと)が見える。

私はテーブルの上の葡萄を一粒摘んで口に含むと、彼女の整った乳房の核を想像して、音をたてて皮に包まれた甘い実を一気に吸い込んだ。

私に甘い実を吸い尽くされた皮は、これも彼女の色だった。

私が剥ぎ取った衣。

色々考えを巡らせていたら、私はいつの間にかその化粧部屋の小窓に近付いていた。

足音を殺して。

印度から取り入れた絨毯は、私の足音を完全に抹殺してくれた。

はっ、、と私は足をとめる。

明滅している。

部屋の明かりが。

この部屋のたった一つの明かり、鳩羽鼠色の行灯がチカチカと部屋を適当な感覚で暗くしていた。

いや、行灯ではなかった。

どこから侵入ってきたのか、一匹の大きな蛾が行灯の周りを飛び交って明かりを遮っているのだ。

忌わしい蟲め。

それほどまでに明かりを欲するならば、ここを選ばなくてもよいものを。

 

 

足を再び進める。

化粧部屋の光が、顔に反射するまでに近付いた。

なぜ、このように緊張しているのだろう。

小窓に手を掛け、ゆっくり、ゆっくり、開く。

 

 

ミヤは顔に何かを塗っていた。

掌に有る白い液体の溜まり。それを指で丹念に丹念に顔に塗り付けていた。

ふと、私の顔の横をやや涼しげな風が吹き過ぎた。

どうやら化粧部屋にある、外に繋がる窓が開かれているようだ。

窓のサンになにかが並べられている。

それが何かわかった瞬間に、私は声をあげてしまった。

ミヤの顔が突然私の目の前まで迫った。

「旦那さん・・・・あれほど、覗き見てくださるな・・・そう言ったのに」

私はミヤの目が異様な色を見せた気がして、後ずさって、腰から抜けるように床に座り込んだ。

ゆっくりと化粧部屋の扉が開いて、ミヤが現れた。

「今晩は、、もう帰りますわね」

 

 

 

私は恐ろしくなった。

彼女は何をしていた。

あの、開かれた窓のサンに並べられていたものは・・・。

そして、指で丁寧に顔に塗りたくっていたものは・・・。

私が見た窓に並べられていたものは、、、体の潰れた蛾だった。

まるで、指で押しつぶし、内臓を絞り出されたかのように、情けない姿でそこに並べられていたのだ。

彼女は顔に何を塗っていた、、、。

あの女、、、、何をしていた。

 

 

 

出逢ってしまえば、以前に感じた恐怖など紛らわされてしまい、また同じ部屋で交わってしまうのだ。

ただ、私は彼女の唇を吸う事はしなかったし、顔に触れる事もしなかった。

今晩はいつもより手の震えが激しく、暴れる彼女を押さえる事が容易ではない。

そんな様の所為か、時折、彼女の視線が覚めたものになっている気がした。

 

粘膜を接する行為が終わり、私は疲れ果てて金粉の入った酒を飲んだ。

そして、葡萄を一粒。

彼女はいつも通り化粧部屋だ。

ああ、まるで吸い尽くされているようだ。ミヤに。

この歳で全てを持った。だが、その期間はとても短く終わるのではないかと思う。

こうしてミヤに精気を吸われ、骨と皮になった私は死ぬのではないだろうか。

冗談のつもりの妄想だったが、冗談という結末の幕を頭の中で降ろす前に、部屋の明滅が始まったのでそれは中断された。

まただ。行灯の周りを一匹の蛾が飛んでいる。

あの日の蛾ではないようだ。前見たものより大きい。

なんて嫌な生き物だ。

飛ぶ事が目的の生き物なのに、どうしてあんなに肥えている。

無駄な膨張をする。

あの中に、どれだけの忌わしい内臓汁が詰まっている。

私は吐き気がして、その場で嘔吐しそうになる。

この吐き気を酒で流し込もう。

慌てた為か、テーブルの椅子に置かれていた彼女の小さな鞄を転がしてしまった。

それほど大きな音は無く、化粧部屋の彼女も気が付いていない。

しかし、思ってみればおかしな事だ。

彼女は化粧をするのに鞄を持って部屋に入らない。

そうとも、ミヤは手ぶらで入り、手ぶらで帰って来る。

前に見たおぞましい光景と妄想が膨らんだ。

行灯の周りを飛ぶ蛾が起こす部屋の明滅が、その記憶をフラッシュバックさせた。

 

ミヤの鞄を直していると、中から飛び出したものだろう、白い紙の包みが出てきた。

拾い上げてみると、折り畳まれた紙の隙間から、テラテラと輝く粉がこぼれた。

金粉?

いつぞやに私が用意したものか。それとも薬か何かであろうか。

包み紙を開くと、私はそれを床に落してしまった。

中からでてきたのは、掌ほどもある蛾の羽だった。ところどころが破れて、ぼろぼろになった羽だ。

橙色の、あり得ない明るさを持った色だ。

その羽にまぶされた鱗粉がこぼれたのだ。

私は恐ろしい妄想に追いたてられ、テーブルの上の金粉酒の瓶を掴んで行灯の光に透かしながら中を見た。

無色透明の酒の中でゆっくり舞い広がる金の粉。

わずかだが、やや形の歪んだ粉がある。

もっと見た。

瓶の底に何かが揺らいでいる。

陽炎のように瓶の底で沈んで揺れているのは、さきほどの包み紙から現れた蛾の羽の一部だ。

激しい吐き気が、もう戻せない程込み上げて、口から吐き出された。

吐き気が吐き出されれば、嘔吐物となる。

その嘔吐物、、、私の金の奥歯で噛み砕かれた彼女の手料理の隙間に、いやらしい節を持ったものが覗いている。

その節を持つ「それ」は伸縮が自在なように見え、あの忌わしい翼を持つ虫の腹部だとわかった途端、第二波の嘔吐の波が来た。

 

私は少しづつ、蛾の鱗粉の酒を飲まされ、蛾の混じった料理を食わされていたのだ。

では、やはりミヤが顔に塗っているのは。

 

「あぁあ、見てはならぬものを見てしまいましたわねぇ」

ミヤが立っていた。

彼女の顔には、完全に塗り広げられていない白い液体が、今にも滴りそうな形で瘤を幾つも作っていた。

ミヤは片手に、羽ばたいている蛾を摘んでいる。

「よ・・・よせ・・・よしてくれ・・・」

ミヤはニンヤリと笑み、人指し指と親指を蛾の腹部をプズリと差し込んだ。

蛾はそれでも変わらず暴れるように羽ばたく。

痛みなど無いのだ。

今度はミヤはもがき続ける蛾を自分の頭上にかかげ、破れた腹部から垂れる白い内臓を自分の顔に滴らせる。

滴る度に蛾の羽の動きがゆっくりになっていく。

ミヤの顔を伝う蛾の内臓は、彼女の高い鼻を越えて、つややかな唇に達した。

達してすぐに、彼女の舌に嘗め取られた。

私はもう吐くモノなんて無いはずなのに、体が内臓をも吐き出す勢いで激しく痙攣した。

胃が痛い。

「金なら幾らでもやる・・・・・もう・・出ていってくれ!!・・・そして、この屋敷に二度と来ないでくれ!!」

「旦那さん、この蟲が、、、、、、そんなにお嫌いですの?」

「嫌いだ!!いるというだけで体中に鳥肌が立つ!・・・お前は何をしていた?なぜ・・・いいや、どうせその理由もおぞましいものなのだろう。わかる・・・本当はわかっている!お前は俺の金が欲しいとか・・・貧乏人の嫌がらせとか・・・そういう理由があって訪れたわけでは無い!!・・・・狂っている・・・そうだ・・・・お前は狂っているんだ!!」

「アタシの好ぅ〜きな旦那さんは、そんな声で話したりはしませんよぉ」

「ななな・・なにをい・・・いっている!?」

「アタシの好ぅ〜きな旦那さんは、私をいつもいつも犯すようにシテくれましたね、、、、、、だから・・・こんなものは知らないのでしょうね」

ミヤは背中を向けた。

背中には、あの忌わしい蟲と同じ、羽の模様の入れ墨があった。

「着物もろくに脱がしません。高まって、剥ぎ取った頃には、もう旦那さんの目は私を見ていません。自分がイキ果てる方角に、トロリとした視線を向けているだけです。そして、私に金や金粉をまく。」

「・・・・・・・・ミヤ・・・」

「私の体なんて、はなっからまともに見ていないじゃあないの、お・ま・え・さぁ〜ん」

ミヤは口を開く度に、蛾の白い液体を糸引かせた。

だから、粘つくような声になる。

「お前は・・・なぜ私にまとわりつく・・・」

「蛾は明かりを求めるものです」

「・・・明かり?」

「あなたは暗闇の中でぽつんと輝く明かり。そんなに眩しいわけでもないのに、暗闇の中ではそれはそれは明るく見えますの。・・・・あなたのまわり・・・みんなみぃんな、暗い事に気が付きませんか」

「俺が・・・まわりを暗くしているとでもいうのか・・・」

ふふん、そう鼻で笑うようにミヤは真正面を向く。

「俺が捨てた女の身内か!?・・・それとも、うちの財閥に食いつぶされた企業の血筋か!?・・・・それとも・・・だれかの弔いか!?」

「いいえ、めっそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉも、、、、、ありませんよぉぉ」

ミヤは突然両手を広げて、羽ばたくような動きを見せた。

それはだんだんと早くなり、気が狂った鳥のようにバタバタと羽ばたかせ、目を大きく見開き、首をカクカクと横に震わせた。

「うわああああっ!!何が欲しいんだ!!欲しいものは全てくれてやる!!全てくれてやるっていってるんだっ!!!や・・・やめろぉぉっ!!」

 

ぴたりと彼女の動きは止んだ。

「旦那さん、蛾は明かりを欲して寄り集まるのではありません」

「・・・・・」

「求めている明かりを前にしているのに、蛾はなんであのように苦しそうに飛ぶのですか?」

「・・・・」

「蛾は・・・明かりを己で包み込みたいのです。」

「・・・・ミヤ、、お前は」

「旦那さん・・・蛾はね、、明かりを消そうとしているのですよ、その身を焦がしてまでも」

「、、、、、私も消すつもりか」

 

 

私はミヤから逃げるように這った。手足が痺れてきた。

あの酒の所為だろう。

床に映った、私の背後にいるミヤの影が、また狂ったように羽ばたきはじめた。

女の肉体の影は無く、振り乱した髪の毛は、あの太く、禍々しい触覚に見え、羽ばたく腕の影の残像が翼に見える。

蛾だ!!

私は蛾と交わっていた!!

私は蛾を犯し、私は蛾に冒された!!

思うように動けず、ただ振り回しているだけの私の腕が、行灯を倒した。

印度の絨毯に、すぐに火がまわり、獣臭い臭いが部屋に充満した。

先ほどまで飛び交っていた蛾が焼けこげた姿で私の目の前に滑空して落ちた。

 

私は這うようにして、なんとか部屋の窓を叩き割る。

そして、後ろも振り返らずに、外に転げ出た。

冷たい芝生の感触を手探りで感じながら、また這うようにしてその場から逃げようとした。

ふと、私は後ろを振り返ってみようという気になる。

振り返ると、私の屋敷の全てに炎がまわっていた。

そして、あの、毎晩、女と交わっていた部屋には。

ミヤが立ってこちらを見ていた。炎に包まれながら。

「蛾は・・・自分を見せたいのです。あなたが嫌うあの蟲は、暗闇の中ではとてもとても美しいのですよ。我を見ておくれ・・。そういっています。蛾という漢字は御存じですか?」

「・・・・・も・・・燃えろ・・・はは・・・・いつものように・・・狂ったように・・・焼けこげて・・・暴れよ!!・・・・暴れよ!!」

サディスティックな私の感情がこんな場面で再び顔を現した。

あの女が燃える。

蛾が燃える。

自分が忌わしいと感じるものが燃えたときの快感と、美しいモノがもがくのを見たときの淫らな感覚は似ていた。

「我を、、、、、見ておくれ、、、」

 

数時間後に火は消し止められ、焼け朽ちた屋敷と私が取り残された。

もう、私には何も残っていなかった。

彼女は、ミヤは私という明かりを覆い包み込んで、消したのだ。

 

そんな私の目の前で、一匹の蛾が舞っていた。

私は動く事も面倒なので、その蟲を見続けるしかない。

蛾は、黒焦げに焼けた門柱にとまった。

 

蛾の羽の模様は、まるで目のようだった。

そして私はその場で気絶した。

目を閉じても浮かんで来る。

その蛾は、ミヤの目、そのものだったのだ。

 

我を見ておくれ、、、、そう聞こえた気がする。