灰色婦人

読み=【ハイイロフジン】

スペル=【Grey Ladies】

別名=【グレイレディー、灰色の貴婦人、灰服の淑女】

種別=【幽霊、霊、灰色の霊、アンデッド】

使用する力

死の予兆、予知、死を運ぶ、泣き叫ぶ、手伝い、危険を知らせる

持ち物=【灰色の服】

出身=【イギリス各地域、アメリカケンタッキー州、カナダ】

 

 

世界中で言われるものだが、英国がもっとも伝承や報告が多い。

恋に為に横死したとか、失恋の為に死んだとされる幽霊である。

愛した人と再開したいが為に、その者の家などに現れるものであり、これは「ポルターガイスト現象」と関連づけられている。

こういったイギリスの灰色幽霊話はほとんどがチューダー朝時代(1485〜1603年)に生まれたという。

その時代に寺院や修道院が大規模に破壊され、当時の灰色の服を身に付けていた尼僧も無数に死んだからである。

だが、これは白・黒・褐色の服を着て現れることもある。

ノッティンガムのニューステッドアビー、ラフォードアビー、ヨーク市のミクル通りにあるホーリートリニティ教会にも有名なこの幽霊が出没する。

 

横死が原因のものはブラックバーンに近いヘスキン・ホールに出現する幽霊である。

ヘスキン・ホールは英国内乱の間、カトリック司祭たちの隠れ場となっていた。

だがある時、クロムウェルの議会党員に一人の司祭が発見されてしまう。

この司祭は自分が生きたいが為に、ピューリタニズムの忠誠を誓う証明として、この家のカトリックの娘を絞首することを申し出る。

これは受け入れられ、娘は両親の前で絞首されてしまったという。

それから、彼女の幽霊は「とんとん」「ばんばん」というラップ音を伴って、スカーレット・ルームに現れるという。

 

リヴァプール飛行場の近く、スピーク・ホールは、数世紀に渡りノリス家の持ち家だったが、王政復古後に死亡した最後の男である「ノリス」の娘、「メァリ・ノリス」だと今でも信じられる幽霊が出没する。

メァリはシドニー・ビュークラーク卿と不幸な結婚をし、息子であるトッパムを腕に抱き掘りに飛び込み、二人とも死亡した。

それからメァリは壁掛けの部屋に幽霊として出るようになった。

現在でも子供の揺籃を揺すりながら現れるという。

 

17世紀から現在に至るまで、ノース・デヴォン、イフラクームのチェンバークーム・マナーには、船が難波して死んだ女性の幽霊が出現する。

伝説を紐解くと、アリグザンダーとウィリアム・オウトウェイは、嵐の夜に灯火を使って船を海岸におびき寄せて、船を岩などにぶつけさせ、乗り組み員の金品を強奪していた親子だった。

数年後、ウィリアムは父となり、娘が結婚して「ケイト・ウォーレス」となってダブリンに住んだ時、彼は懲りずにまた船を誘き寄せる行為をした。

だが、誘き寄せて破壊させた船には、ひどく打ち付けられて顔の見分けがつかない女性の生存者がいた。

ウィリアムと妻はこの女性を家に収容したが、その夜に死亡してしまった。

そして、夫婦はこの死んだ女性の金品を我が物にした。

2日後に海軍が行方不明者の調査をした所、その女性はウィリアムの娘であったケイトであることがわかった。

オウトウェイ夫婦は秘密の部屋の中に娘であるケイトの遺体を閉じ込め、引っ越してしまった。

そして、1世紀以上たってからこの秘密の部屋が発見され、ベッドにはケイトの骸骨が横たわっていたという。

遺骨そのものは貧民墓地に埋葬されたが、彼女の幽霊は自分が生まれ育った家を訪れ続けていたという。

スピーク・ホールから数マイル、オームスカークから7マイル程離れた場所にある「ラッフォード・オールド・ホール」という15世紀の荘園屋敷では、絶望のあまり死んだ女性の霊が現れる。

これはこの屋敷の住人だった者で、結婚して間もなく夫は戦争にいってしまう。

夫の「必ず帰ってくる」という言葉を信じて、死してからも屋敷にとどまらせているらしい。

結婚が理由で幽霊になった者は、灰色の幽霊になりやすいのか?

ランカシャーのプレストンとブラックバーンのちょうど中間にあったサムルスベリ・ホールという家は数世紀に渡ってサウスワース家の物であった。

カトリック信者であるこの家の相続人、ジョン卿の娘ドロシーは、近くに住むプロテスタントの家の相続人と恋に落ちる。

ジョン卿は二人を引き剥がすようにしたが、それでも二人は密かに会い、駆け落ちを約束した。

だが、薮の中でその駆け落ちの約束の時間と場所を聞いている者がいた。

ドロシーの兄弟の中の兄であった。

妹の名誉を傷つけまいと考えて実行したことは、ドロシーの愛した男と、その彼を援けていた友人二人を殺した。

3人の若者の死体はサムルスベリ・ホールの教会近くに秘密に埋められ、19世紀になって初めて発見されたという。

ドロシーは国外の修道院に送られ、そこで発狂し、死亡した。

それからというもの、ドロシーとその恋人の幽霊が庭や道路を歩き、3人の死体の埋められている場所では、二人が抱き合っているところを見た者がいるという。

悲しみに泣き叫ぶ声も聞かれたという。

 

1956〜1959年の間、ロンドン南部にある聖トマス病院の患者5人が「灰色の

服の看護婦さんが親切に看護してくれた」と言い、5人共が数日内に死んでい

る。

だが、この灰色の服の看護婦は聖トマス病院には存在していなかった。

この灰色の服というのはナイチンゲールが制服として選んだ物と思われるが、1920年代初めに青い服に変更されている。

この幽霊の説として「天然痘が原因で死んだ看護婦」や「投薬量の誤りから患者を死なせてしまった為に自殺した看護婦」そして「婦長の叱責に耐えられず最上階から飛び降り自殺した看護婦」というのがある。

 

カンバーランドのレヴンズ・ハウスに現れるこの幽霊は、「ケント川が流れるのを止め、白い小鹿が生まれるまでは、この家に男の跡継ぎは生まれない」という呪いをかけたジプシーの幽霊だという。

その云われは、この家の17世紀の頃の所有者は女乞食に食物を与えるのを拒み、後に女乞食は死んだという。

この家に男の世継ぎが生まれたのは、ジプシーの言った通り、川が流れを止め、白い小鹿が生まれた時であった。

 

カナダのノヴァ・スコシア州アナポリス郡ストーニィビーチにも灰色の服を着た女性の幽霊が出る。

船で外国まで仕事に出る漁師がいて、結婚して家族ができた。

ある時、長い航海の後、船に若くて美しい女性を乗せて帰ってきた。

だがこの漁師はこの女の扱いに困り、結局海岸まで連れ出し殺してしまった。

この女の幽霊は度々出没しては、自分の身の上を人に聞いてもらいたがった。

それは、この幽霊は大抵、首なしで出現することもあって、皆恐れたからである。

これは首をきられて殺されたからであり、首も現すこともあったというが、共通は灰色の服であった。

だが、そんな彼女の話を聞こうとした者がいた。

その人物グレトリックス師はこの幽霊に関心を持った。

まず、妻と友人とフェリーでストーニィビーチに来ると、灰色の服の女性が近付いてきた。

ショートスカートに、ショールを肩に掛け、ボンネットをかぶっていたという。

足は地についておらず、師の婦人が顔を覗き込もうとすると、、その霊は消えてしまったという。

師はこの悲劇を聞き哀れに思い、キリスト教式の埋葬をしてあげようと思った。

だが、この幽霊に再び出会うことはなかったという。

同じくアナポリスだが、アナポリス・ロイヤルのロビンソン医師は往診の帰りに、夜道を馬車でかけていた。

小川に掛かる橋があり、その脇には茂みがあって馬はそこで止まってしまった。

馬は骨の埋まっている場所に近付くのを嫌うというので、医師は降りて馬の前に行くと、灰色の婦人が行く手を阻んでいる。

近付こうとすると消えたが、橋の所にいってみると、橋は出水で流されてしまっていた。幽霊が知らせてくれていたのである

 

ケッタッキー州フランクフォートのリバティ・ホールには、家の雑用を手伝い、窓から外を見つめている、心優しい幽霊があらわれるという。

 

シェットランドでは「灰色のお隣さん」という、灰色の服を着た妖精に対する呼び名もある。

 

ブラッド・フォードのボリング・ホールには「白色の貴婦人」が現れるという。

 

出典

『世界の魔女と幽霊 世界民間文芸叢書別巻』 日本民話の会・外国民話研究会/編訳 三弥井書店

『世界霊界伝承事典』 ピーター・ヘイニング/著 阿部秀典/訳 柏書房

『妖怪と精霊の事典』 ローズマリ・E・グィリ−/著 松田幸雄/訳 青土社

『妖精事典』 キャサリン・ブリッグズ/編著 平野敬一/井村君江/三宅忠明/吉田新一/共訳 冨山房

『倫敦幽霊紳士録』 J.A.ブルックス リブロポート

 

 

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